雑文

鋭意製作中

2024.06.01

多分できるだろうという目途がついたので、とりあえずお知らせまで。

明確なことは特に決めていませんので、続報はしばらくお待ちください。

旅行と素材追加

2017.04.02

そんなこんなで、先月中旬、ちょっと出かけてきたので、いつもながらゲーム素材のところに好きに使ってもらえる写真を追加いたしました。

それについて多少悩んでることがあって、サイズどうしたもんかなあと。

今までは幅800pxにしていて、今回もそれに準じたのですが、今のご時世小さすぎかな。

とはいえ、使ってるのiPhoneだし、そのせいもあって一層適当に撮ってるものだしで、あんまり大きなもので出せたもんじゃないという事情もあり。

縦型も多くなっちゃってるんですよね、しかし最近はどっちが便利なのか良く分からんところもあるしなあ。もうその辺りは工夫して使ってくださいとしか。

 

今回赴いたのはポルトガルメインでちょっとスペイン(サンチャゴ・デ・コンポステーラ)なのですが、やっぱりイギリスやドイツと比べて雰囲気違いますね。

建物の感じとかはもちろん、特に室内の写真撮ってて困ったのは、やたら太陽の光が激しく差し込むことです。見ていただけるとすごい差し込んでるのが分かると思う(使い物にならないケースも多かった)。日差しが強いことももちろんあるんだけど、部屋の造りがそうなんだよね、どこでも。

使い物にならないのの一例。

もちろん礼拝堂に光の演出って必要なんだけど、これはちょっと眩しすぎやしないだろうか。

 

あとさりげに気になったことは、飲食店。ポルトガルの料理は素朴かつ日本人好みの味と言われていて、実際魚介類を中心として選択肢は多い感じです。私はソッパ(スープ)が有り難かったなあ。どうしても量が多くなるヨーロッパで、現地の味を楽しみつつちょうど良い感じで食べられる。

そのためか、思った以上に他国の料理店を見かけないのですよ。意外だった。ヨーロッパにはつきものの、トルコも中華もほんとにない。サンドイッチすら、ポルトガル風ハンバーガー(プレコやビファーナ)の店の方が多い。

マクドナルドやPaulはあったけど、あっちもこっちも外資系、みたいなことは全くなかった。

そんな中、何故か日本食の店は結構あるんですよね、これは自分が意識的に見てしまうせいかもしれないけど。

しかし最初のホテルの下がMUJI、二番目のホテルの下に寿司屋、近くに日式ラーメン店などなど、やっぱり魚介大好き人種として何か共感するところがあるんだろうか。

そしてこれが見かけて思わず写真にとった日本レストランの看板です。

何でぶりなんだろう。

いやぶり美味しいけど。

でも店名にぶり。

二周年だしダンス・マカブルの裏話でも

2016.10.14

ここの更新もかなりお久しぶりになって申し訳ないばかりです。

さて、発表して二年、小説も出て一年が経ちましたし、そろそろダンス・マカブルでもにゃもにゃっと曖昧にしていたところの話でもしてしまおうかなと。
別に裏設定とかそういうものではなく、参考文献などで見当ついていた方もいるんじゃないかなという話しですが。
つまり、このゲームの舞台の話です。

これは、いつ、どこの話か。

つまるところ、何世紀とか国とかいう大きな区切りではなく、かなり明確に舞台は設定されているというお話です。
もったいぶる必要はないので明かせば、ダンス・マカブルは1720年夏、フランス・プロヴァンス/マルセイユ近辺の村で起きた物語です。
マルセイユから徒歩一日程度を念頭に置いているので、マノスク近辺の丘陵地帯の村でしょうね。

史実としては、マルセイユの大ペスト禍が背景となります。日本語で詳しいページが見当たらないので、英語ですが。
Great Plague of Marseille

小道具などの関係で中世の話だと思われている感想もあるようですけれど、時代的には近世・フランス革命前夜ですね。ユグノーの反乱が一息つくも、いまだ大きな影を残している時代となります。まあ、その辺りはゲーム上ではあんまり関係ないです。

旅立ちエンドの二人がThe “mur de la peste”の検疫をどう乗り越えたかとか考えてみるとなかなか面白いかと。

あともう一つ明かしておくと、とある重要アイテムの話。
印象深い衣裳チェンジがなされる「白い服」のこと。
状況と現在の風習からして、あれ、婚礼衣装と自然に解釈されてますが、ぶっちゃけミスリードです。
あれはウェディングドレスではなく、登場人物たちもそうとは認識していません。
元よりウェディングドレスが白とされるようになったのは諸説ありますが、一般的には18世紀後半辺りからの流行だとされています。基本的には多色の民族衣装だったはず。特に庶民は。
では、それ以前に白をまとうのはどのような時だったのか。
正直服飾史は詳しくないので結構資料探しに苦労しましたが、こちらを見つけて、一応裏付けはとれたかな、と。

ピエール・ゴベール「白い喪服のブルボン・コンデ公妃」

まあ庶民にまで行き渡る感覚だったかは疑問なところですが。地域によっても大きく変わってくるしなあ。
とはいえ白が基本という訳でもなく、黒もやっぱり使われてたみたいだし。というか白と黒ならありっぽくて、しましまのゼブラ柄の奴も見つけたりしました。
服飾史ってすぐ流行変わるから難しい。

難しいといえば、歴史ものだとお金の単位の扱いも本当訳が分からんですね。
一応調べたんですけど、フランが既に使われてたって話もあればスゥという話もあり。それ以下の貨幣の名称や交換レートなんてぐちゃぐちゃ。当時の人の書いた文書なんでその人にとっては使われてたんだろうけど……。結局のところ強い国家が発足するまではお金の単位なんてあってないようなもんだし、発足したらしたでころころ変えたりするし。
その辺りだけは扱いたくないなあと思う次第。なるべく避けるか、ここはこれでいくって割り切るしかないですね。

「維新派」の松本雄吉さん逝去

2016.06.19

お久しぶりの更新です。
何かお知らせできればいいなと思いつつ、なかなかそうもいかない感じでご無沙汰です。そのうち。
と思っているうちにまとめて書くこともたいしてなく放置中でした。

そんな中、つい先ほど表題のことを知り、かなりの衝撃で朦朧としているところです。いやそんなまさか永遠とは思ってなかったけど、最近まで精力的に活動されててばりばり現役だったんですよ。
去年行けなかったんだけど、また機会を見て行こうと思ってたんですよ。あと十数年は少なくとも機会があると思ってたんですよ。
まさかそんな。
早すぎる。
ひどい。

自分が維新派のファンかと言えば、正直そんな熱心でもないしそうでもないなと思ってたけど、でもやっぱり大事な一部ではあったんだなと思う。つらい。

もう二度とあの空間は体験できないのか。
そりゃもちろん残された方々がきっと何らかの形で残していくのだろうけど、それはやっぱり違うもので。

何なんだこれ。
どうしたらいいんだ。
どうもできないけど。

「デンシャ」は広言している通り王者舘(王者舘と維新派は合同公演やったぐらいに親しい)のオマージュなんだけど、ばあちゃんの幼少期については、維新派の20世紀三部作#3の影響を確実に受けています。
あの時代、アジアに、南洋に生きた人達。
この芝居がなかったらデンシャもなかったことでしょう。
ありがとうございました。可能であるなら、また、どこかで。

絶対今回めっちゃかぶってると思うんだけど

2016.04.01

しょうがないよね。