これみよがしに大きく息を吐いた後、ミュアはシードへと話しかける。
「シード。幾つか確認をさせてほしいんだけど」
まともな答えが返ってくるとは思っていないが。
「まず、どこへ行けばいいのか分かってるの?」
「城とやらだろ」
「それがどこにあるのか分かってるの?」
「行けば分かるだろ」
やっぱり話にならなかった。
「何より、リタントに入って、どうやってその羽を隠すつもり? 三足族がこちらへ来るのとは訳が違うわ」
足りないのはごまかしようがある。しかし、その逆は無理だ。見つかれば化け物扱いは免れないだろう。
服で隠す程度の答えを予想していたミュアは、まだシードの馬鹿さ加減を甘く見積もっていたことを実感させられることになる。
「それがどうしたよ」
シードはこう吐き捨てた途端、突然の行動に出たのだ。
そこには少しのためらいも見られなかった。彼はおもむろに自分の羽を引っ掴み、制止する暇もなく引きちぎった。そして、無造作にそれを辺りの茂みにぽいと放る。
「これで問題はないってことだな」
得意げに胸を張る少年に、呆然と彼を見やる三人。当然、彼に最初に掛けられた言葉は、賞賛ではなく罵倒であった。
「ば、ば、ば、ば、馬鹿! 馬鹿! 馬鹿っ!」
頭に血が昇ってしまったらしいミュアは、とにかく同じ言葉をぶつけまくり、対してシードはしれっと言い放つ。
「そのうち生えてくるだろ」
「生え……生えるかもしれないけど、そりゃ」
そういう問題ではない。
「僕の耳は勘弁してください。たぶん生えないので」
すかさずニッカは耳を押さえて、シードからの距離を軽やかに取った。
「まあ、でも、この状況では幸いなことに、僕、尻尾ないですから。隠すのは簡単ではありますね」
頭さえ覆えばどうにかごまかせるということだ。不自然さも低い。
という流れになると自然、目線はミュアへと集められる。不穏な空気を嗅ぎ取って、ミュアは己の羽を庇うように、背を木の幹へと押しつけた。
「ち、ちぎったりしないからね! 服で隠す、それで大丈夫よ!」
「気をつければ大丈夫だと僕も思いますよ。シードは短慮すぎです」
「お前らがいちいちうるさいからじゃねーか」
ふと気づけば、すっかり一緒に行くような会話になっている。結局そうなるのか、とミュアはとうとう諦めた。このまま一人で行かせたりしたら、何をやらかすのか気が気じゃなくなるのは明らかだ。
今度は自分たちがアピアとセピアの立場になるのか。見知らぬ国で、見知らぬ人々の間で、異種族だということがばれないように。
そう考えた時、彼女はそのことに思い当たって呟く。
「ちょっと……ちょっと待って。じゃあ、あの人は何?」
耳はなかった。尾はなかった。髪に隠れていただけなのかもしれないが、羽も見当たらなかった。
他が怪しすぎたためか、ここ最近見慣れすぎたせいか、あまりにも不自然なのにうっかり見過ごしてしまった。
三足族の魔術師が、ホリーラの森の中で何をしていた?
その疑念は、突き詰める時間を与えられなかった。ミュアが木に張りついて思いを巡らせている間に、シードたちの会話はろくでもないところへと差し掛かりつつあったからだ。
「だから、越え方なんてどうとでもなるだろうが。穴なんて作りゃいいんだ」
突如意識へ飛び込んできた言葉にぎょっと顔を上げると、シードはすたすたと壁へ歩み寄っている。止めるのが間に合うはずもない。
拳の一撃。
それは確かに、ただの石垣にしかすぎなかった。ただそれだけのことで、がらがらと音を立て、崩れ落ちる。
「ほら見ろ、出来たぞ」
土煙が収まった後にあったのは、もはや行く手を塞ぐこともない、一部が残骸と化した壁の姿。その向こうにあるのは、初めて目にするリタント、三足族の国。
けれどそこから見えるのは、見分けがつかないほどに今いる場所とまったく同じ、木々が茂り立つ森の風景だった。