王都ともなれば、己の権勢をはっきりと他に示さなければならない。それはホリーラもリタントも同じ心情のようで、城と街がはっきりと分離しているこのフィアカントにおいてさえも、街の建物は城に習うように石造りのものがほとんどだった。
ずっと思い描いていた光景を目の前にしたミュアは、改めて感嘆の息をつく。もっとも、彼女が考えていたのはホリーラの王都のもので、まさかリタントの王都を先に見ることになるとは夢にも思っていなかったが。
「リーラスもこんな感じ?」
「まあ、似てるな」
シードに問うと、気のない顔でそう返された。
石畳はたまに爪先に引っかかり、足を取られそうになる。土を埋め尽くしたその様は、少しの魔物の侵入も許さぬというようにも見える。
顔を上げれば、家々の屋根の向こうに幾つもの塔がそびえ立つのが目に入る。それこそがリタントの中心、湖に浮かぶ王城だった。
あそこに侵入するのだ。
王都に入る前に湖畔の道を歩いてその姿を確認した。水に囲まれ、うず高く積まれた城壁を見ると、さすがに気圧される。セピアによると、分裂戦役の頃、本拠地だったところにそのまま建てたそうだ。
どう考えても力づくでは無理そうだった。
「こっちです、こっちこっち」
目的の店の手前で、路地から声をかけられる。張っていたニッカの手招きに従い、三人はそこへと身を潜めた。
「その人はまだ出てきてないの?」
「ええ、まだです。セピア、確認お願いしますね」
「うん」
見張っているのは店の裏口だった。しばらく待つと、扉が開いて一人の女性が姿を現す。セピアは頷き、彼女の名を呼ぶ。
「ウレーニィ」
突然横合いから名を投げられた彼女は、戸惑ったように立ち止まり、視線をきょろきょろと泳がす。それが路地から覗かせたセピアの顔に止まった時、彼女の口はぽかんと開いた。
「あ、えーと、元気だった?」
固まってしまった彼女に、セピアはぎこちなく挨拶した。
「……セ、セピア様!」
途端、彼女は悲鳴のような声を上げる。
「どうしてこんなところに。お体は大丈夫なんですか!?」
続いて駆け寄ってこようとするが、ふと躊躇した様子を見せて立ち止まった。彼女のためらいの理由を察したセピアは、言葉を継ぐ。
「僕、病気なんかにかかってないよ」
城で発生したとされたのは流行り病だ。かなりの人数が罹って死んだのだと、街まで広がるのではないかという恐れをにじませつつ、噂は囁かれていた。最初は都から逃げ出す者もいたそうだが、二か月ほどが経ってもその気配がないために人心は落ち着きつつあるようだ。
ウレーニィはセピアの言葉に、呻くように答える。
「ああ、やっぱり。やっぱり、そうなんですね」
そして、再びセピアへと歩み寄り、膝を着くとその体を抱きしめた。
「では、お父様やお母様は……」
「誰も病気になんてかかってないんだ。僕以外は皆、捕まってる」
「なんてこと」
やがて彼女の瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ出す。
「申し訳ございません、セピア様。私は、逃げ出してしまった……」
「おかしいとは、思ったのです」
いつまでも路地で話を続ける訳にはいかなかった。ウレーニィの導きで彼女の家に場所を移し、彼女を含む五人で卓につく。
「病の話はあまりに唐突で、限定的でした。陛下とご家族、それに近しい侍従たちが姿を消し、私たちは城の奥への立ち入りを禁じられました。私は部屋つきではなかったので、ほとんど状況が分からないまま置かれていました。周りの他の人たちも似たようなものです」
彼女の口ぶりから、セピアたちが逃亡した後の城のぎこちない雰囲気が伝わってきた。
「そしてぼつぼつと……死の知らせが入りはじめました。ネッテ先生やリゼアン侍従長や……十数人になったでしょうか」
「先生やリゼアンが」
名を聞いて青ざめるセピアを見やりつつ、幾分遠慮気味にニッカが口を挟む。
「すみません。……遺体は確認されましたか?」
「いいえ。うつる病だということでしたので、すでに焼かれて埋葬されたと」
「死んでないかもしれないってこと?」
わずかな希望を浮かべてセピアが聞くも、ニッカは首を横に振った。
「いえ、それはたぶん……」
死を偽装する意味は薄いと思われる。それはたぶん病気で死んでいないということを勘付かれないための処置だ。セピアは唇を噛んで、握った拳を膝に置く。
「やがて、募集が行われました。王家の皆様方を看護しようと思う者はいないか、と。私は当然、志望するつもりでおりました。けれど気づいてしまったのです。何だか妙だ、と」
悲しむように目を伏せていたウレーニィは、ここで初めて顔を上げ、己に言い聞かせるように言葉を継いだ。
「このような募集は、まず病気が起こった時にされるべきではないでしょうか。それに、どうして命令ではなく、募集なのかとも。ですから私はそれに応じず……同時に、城に居続けることもいたたまれず辞めることにいたしました」
セピアの保証通り、彼女は賢かったと言えよう。
たぶんそれは、己の命を賭けられるほど、王家に忠誠篤い者のふるい分けだ。応じていたら、もう命はなかったかもしれない。
「辞めたことについては、怪しまれた様子はありませんでしたか?」
「辞めた人間は多いですから。私も同じように、病を恐れたと思われているはずです」
それもあるのですが、と自嘲気味に彼女は言った。
「こんな噂も流れはじめています。……この度の病は、アネキウスの罰が降りかかったのだと」
「どう考えても意図的に流されてますね、それ」
事情が分かっていれば、地固め中なのが丸出しだ。
「とにかく、城の中がごたごたしているのは間違いないみたいですね」
分かる限りの細部を聞き出し、ニッカは顎に手をやる。
「正攻法でいきますか」