感じたのは、暖かさだった。
じわりと染み込んでくるそれは覚えのあるもので、少しだけ体が楽になった。目を開けると、これもまた何だか覚えのある顔がある。しきりに話しかけてくるので、はっきりとしない頭で答えを返す。
「首のやつ、どこやったんだ、おい」
「宝器庫だと思う」
自分ではそう言ったつもりだったが、苛ついた問いがまた戻ってくる。
「ほっこと? どこだそりゃ?」
「ここをまっすぐ行ったところにある」
「何だ、このまま行けばいいのか? そこにあるんだな?」
「伯父上が間違って持っていった。あれはそんなものじゃないのに。あれは、僕だけの……」
「ああ、分かった分かった。何言ってるかよく分からんからもう喋るな」
黙らされ、揺られているうちに、おかしなことに気づく。どうしてここにあるものの位置を聞かれて、そして自分は答えているんだろう?
徐々に、痛みで朦朧としていた頭が動き始めていた。今いるはずの場所と、今置かれているはずの状況と、目の前の人物が結びつかないことにようやく思い当たる。
アピアは息を呑み、目を見張った。
「シード、何で……!」
「うるさい」
「何でここにいるの……?」
「うるさいって言ってるだろが。口塞ぐぞ」
けしてこちらを見ようとしない、不機嫌な表情が目の前にある。忘れようも間違えようもない、変わらないその印象。
混乱する頭でアピアは考える。
服の上に首飾りはなく、服の下にもそれが動く感覚はない。やはり、取られたままなのだ。けれど、のしかかる闇はなくなり、気分は悪いながらも思考はまともになっている。痛みも鳴りを潜めていた。
それがどうしてなのか、アピアは分かる気がした。
どさくさに紛れて、より強く頬を胸に押しつけてみる。伝わってくる体温が、幻でないことを告げている。
その熱は、世界と自分をつなぎ止めるためのもの。
その時、前方で扉が押し開かれた。中から出てきたディーディスは思案顔をしていたが、すぐに足音に反応してこちらを見、ぎょっとした顔になる。彼の手には、首飾りがぶら下がって揺れていた。
そして、何を察したのか彼の判断は早かった。アピアが声を掛ける前に、突如身を翻して逃走する。
「待って、それを返して、ディー……!」
「追うぞ」
シードもまた、アピアの呼びかけを待たずに走り出す。階段を駆け上がり、廊下を駆け抜ける。シードは体力はあれども、足が速い方でもないのでなかなか追いつかない。けれど、それも時間の問題のはずだったのだ。
昼の光差し込む眩しい回廊で、その人物が待ち構えていなければ。
「ぼっちゃん、なかなか良い判断だ。あれを相手にしなかったのはな」
すれ違い、さらに逃げるディーディスに何かを告げていた彼は、わざと聞かせるように大きくそう呟きながら、おもむろにこちらへと振り向く。
相対したシードの緊張は、肩の痛みに姿を変えてアピアにも共有された。
笑みを浮かべ、気さくともいえる調子で話しかけてくる男は、しかし洩れてくる気味の悪さを隠そうとはしていなかった。
「よお、シンス=トーラー。奇遇だな」
柱の間から吹き込んでくる風に、右の袖がそよいでいる。
「さあ、決着をつけようか」