雨が降っている。
頬を叩く感触が、それを告げていた。その感覚を覚えていた。
あの時。
壁を越えたあの時も、雨は降り注いでいた。
恵みの水、地を洗い浄める力、世界を包む神の愛の証。けれどそれは冷たく重く、まるでお前は間違えているのだと嘲笑うかのように。
お前はただ逃げたいだけなのだと。
だが、どこへ行こうがお前は。
分かっている。でも。
楽しかった。
遠くから名を呼ぶ声が聞こえる。握った指の隙間に、何かを押し込められるのが分かる。硬質な、それでいて暖かな気配。
また、雨が頬で弾けた。
……それが冷たくないことに、気づいた。
誘われるように瞼が開く。
霞む目の端に映るのは、雲ひとつない、ただひたすら抜けるような青い空。
その明るさに眩んでいると、影が落ちる。誰かが覆いかぶさるように、覗き込んでいる。
今までに見たことのない顔をした、彼。
そうか。僕は。
思い出す。けれど、何故かあるはずの痛みはなかった。
服は確かに破れ貫かれているのに、その下の傷は消えていて、胸に乗った手の指だけ動かして探ってみても見つからなかった。
その理由は分からない。
まだいいのだろうか。もう少しだけ、ここにいても。
「……ごめんね」
口からこぼれたのは、その言葉だった。
かすれた声は届いたらしく、跳ねつけるような返事がやってくる。
「うるさい」
「ごめんなさい、シード」
「あやまんな」
ぶっきらぼうな口振りなのに、いつもの勢いはそこにない。
「俺が殺していいんだろうが」
どこか、ぐらぐらした響き。
「じゃあ、俺が殺すまで勝手に死ぬな」
出会ったときのことが頭に浮かぶ。殺してやると叫んだ彼の激昂を。
それはたった二月ほど前のことだったのだ。
「……勝手に死ぬな、この馬鹿」