Southward

第二章 魔の章

「合わさる流れ」

4-1

 飽きていた。
 はっきりと、完全に、間違いなく、誰の目から見ても完膚なきまでに、シードは今の状況に飽きていた。
 その割を食らったのは、主にソリッツだった。首ねっこをひっ掴まれ、ほとんど連行のように飲みにつき合わされている。ミュアもまた、爆発して勝手に出発されるよりいいかと目こぼしすることに決めたらしく、知らないふりをするようになっていた。
 彼にとってみれば、この上もなく不幸な再会だったろう。まさか、サレッタから逃げ出した後ようやく落ち着いた土地で、とっくの昔に通り過ぎたはずの逃げた原因と鉢合わせてしまうとは。
 イーンデンは大森林の東端に位置し、熱地を渡らないルートの中継点となっている町である。ここから熱地へ折れてサレッタを目指す者も少なくない。とはいえ、逆にサレッタに寄った後には寄ることの少ない、中途半端な規模の町でもある。
 そのことに加え、あれからおよそ半年が過ぎているため、油断した。
 ソリッツは引きずり回されながら、しみじみとそう後悔していた。
 しかも、南門の番兵にはつなぎをつけて、それらしき者を見かけたら教えてほしいと、一応警戒してはいたのである。まさか北から来るとは、予想外もいいところだった。目抜き通りでばったり顔を合わせ、慌てて逃げたものの追いつかれて、捕獲されたのである。さらに間の悪いことに、彼は退屈していたのだ。
「一週間だ」
 襟首をとっ捕まえられ、噛み付きそうな顔でいきなりそう呟かれた時には、ソリッツは死刑執行までの期限を切られたかと思ったくらいである。しかし、それは単なる愚痴だった。
「一週間もこんなとこにいるんだぞ、こん畜生が」
 とはいえ、そんなの俺に関係ないことでしょうが、などと言えるはずもない。そんなことを口走った途端に、暇つぶしに狩られかねないと思う。
 問題は、言おうが言うまいが、付き合わされるのは必然だったことだ。
 以来、毎日のように飲みに連れ出されている。お金を払わせられることがないのだけは有難いが、何しろ飲まされる量が半端ではない。日が経つにつれて、飲み始める前から既に意識が朦朧としている始末だった。
 今日もシードががぶがぶ飲む傍らで、ソリッツは突っ伏してぶつぶつ言っている。
「旦那だけだし。セピアちゃんいないし。セピアちゃんだけ来てくれれば大歓迎だったのに」
「何か言ったか?」
「いいえ、何でもぉ。ところで、旦那はいつ出発されるんですか、とか、聞きたいかなーって」
「知るか。俺が聞きたい」
「何か待ってるんすか」
「どうせあのクソ親父の差し金だろ。ミュアめ、あんなのに気にしやがって」
「でも、旦那がおとなしく従ってるなんて珍しいっすね。しかもミュアちゃんに」
 むしろ一行を引っ張っていっているというか、好き勝手に振り回しているイメージがあったので意外だった。加えて抑えている相手が同い年の女の子とあれば、さらに意外性も増すというものだ。
「うるせー。苦手なんだよ」
「その苦手ってのが分からないんすけど。普通のいい子にしか見えないですもん」
「お前、あれ後が怖いぞ、絶対」
 そう言われても、ソリッツにはピンと来ない。とにかく、まだまだシードの去る気配が見られないのは確からしく、彼に出来ることといえば、炒った山豆を噛みながらこっそりとため息を吐くことぐらいだった。

4-2

 もちろんシードだって、最初の頃は抵抗したのだ。リームからの手紙で足止めを食らうなんて、ろくでもないことが起きるに決まっている。どうせ父親が気まぐれでも起こして、捕まえるように言いつけたといったところだろう。
 ほっとけほっとけ、さっさと南行くぞと騒ぐシードを叱りつけたのは、当然ながらミュアだった。
「しょうがないでしょ、こんな風に書かれて逆らう方がどうかしてるわ!」
 言いつつ、彼女はシードの不満顔に受け取った鳥文を突きつけた。几帳面な字で綴られたそれは、丁寧ながら強い調子で、これを読んだら現在地をタイナーへ返信し、その場から動かないで待つようにという強い通達が念を押すように繰り返されているものだ。たぶん自分たちが通るだろう道なりの大きな町には全て送っているのではないだろうか。
「何かあったのよ。例えば、公爵様が倒れたとかだったら、どうするの」
「いい気味だ」
「……もう」
 ミュアは呆れ果てた表情で、腰に手を当てて息をつく。
「シード、貴方、命令は逆らうためにあるとか思ってるでしょ」
「ったりめーだろうが」
 シードは鼻を鳴らして答える。
 まあ、彼の環境からすると、“命令”などできるのは父親くらいなものだろうから、必然の答えではあるが。
「とにかく、私は待つ方に一票。従うかどうかは別として、話ぐらい聞くべきだと思う。取り返しのつかないことかもしれないのよ。ニッカは?」
 話を振られたニッカは、迷う素振りもなくミュアに同調した。
「僕も待つ方に一票ですね」
「日和ったな」
「違いますよ。近頃、妙に人の流れが慌しい気がして。正確に言えば、慌しく行き来する一団がいる様子なんですよね。それも、どうも商人っぽくない人たちが」
「だから何なんだ」
「情報が欲しいってことです。それに、行く先に関する不穏な噂、聞いてません?」
「行く先って聖山のこと?」
 眉をひそめて聞き返すミュアに、ニッカは仕入れた話を開陳し始める。
「正確には、聖山のお隣らしいですけど、突然暗雲立ち込め、晴れないんだそうで。魔物が草原から攻めてきたんじゃないかって、まことしやかに囁かれているらしいですよ」
「魔物ねえ」
「そう言っておけば、どんな現象にでも対応可能ですから」
「身も蓋もないわね」
「ともかく、特に急ぎの旅でもありませんし、慎重に行くのに一票ってことです」
 こうして、シードは多数決に負けた訳である。もちろん多数決だからといって、諾々と従うシードではないが、今回は微妙に押し切る理由を持てないでいた。元々、別に聖山に行きたくて仕方ない訳でもないのだ。
 以来、良い道連れを発見したこともあり、ぐだぐだと飲み明かして時間を潰していたものの、そろそろ我慢の限界が近かった。
「明日だ!」
 突如机にカップの足を叩きつけ怒鳴ったシードに、ソリッツがびくりと反応する。
「明日何にもなかったら、俺はもう行くからな、畜生が!」
 誰ともなしなその宣言を、まさかこのまま道連れとして引っ張っていかれやしないだろうなと戦々恐々としつつ聞くソリッツだった。

4-3

 そして次の日も、結局何をするかと言えば飲んだくれるばかりだった。発展性のないことこの上ないが、下手な方向に発展されても困るのでソリッツは黙って付き合っていた。
 うまく行けば今日でお別れだ。
 とにかく機嫌を損ねないように、さりとてこれ以上巻き込まれないように立ち回らなければならない。
 しかし、彼の努力は不意の遭遇で一気に無駄となる。
「楽しそうだなぁ、兄弟」
「いいご身分だなぁ、兄弟」
 どすの利いた声と共に、背後から肩を鷲掴みにされる。振り向かなくとも分かる、あの盗賊団で一緒だった、というか兄貴分ぶって散々いびってきた二人組、ユゼロ兄弟だ。ソリッツは身を固くして返事をする。
「あ、はい、お久しぶりっす」
 すると二人は肩を掴む手を離さないまま、どかどかとソリッツの両脇に腰掛けてきた。込められた痛いほどの力に思わず顔をしかめるソリッツに、彼らは両方の耳から語りかけてくる。
「おい、てめえ、あいつに脅されて嫌々道案内してただけだって言ってなかったか?」
「はい、あの、その通りっす」
「じゃあ何で仲良く酒かっくらってんだよ、ああ?」
 返す言葉もない。しかし、逆らいがたい状況というものはあるのだ。どう言えば単純なこいつらにそのことを納得してもらえるものかと思案しつつふと横へ目をやれば、ちょうど戻ってきたらしいシードがものすごく不機嫌な顔で睨んでいるのにかち合ってしまう。
「嫌々なのか?」
「いやあのえーとそうじゃないっすけど……」
 まさか喜んでついてきているとでも思っていたのだろうか。
 ともかく、いきなり板ばさみだ。どう答えようが、どちらかに絡まれること必至である。
「で、何なんだこいつら」
 迷っていると、シードが顎をしゃくって尋ねてくる。さすがに一人一人の顔は覚えていないらしい。
「……前の仕事仲間で」
「はん」
 消極的な表現ではあったが、理解されたようだ。シードはたちまち好戦的な顔を覗かせて、拳を打ち合わせる。
「二人とも一度でいいぞ」
「おいおい、こんなところで殴り合いなんて迷惑だろうが」
「もっと平和的に行こうや、ぼっちゃん。そうだな、ちょうどこんな場所にいるんだ、飲み比べとか」
「絶対勝てる勝負なんかして、何が面白いんだ」
 鼻息荒くシードは言い放ち、その彼に兄弟はにやにやと絡む。
「そういって逃げようたぁ人が悪いな」
「自信ないのか?」
 そこでようやくソリッツは兄弟の意図を悟る。制裁に来た訳ではない、喧嘩を売るふりをしてただ酒を飲むつもりだ。たぶんここ数日様子を見てから出てきたのだろう。相変わらずみみっちい。
「後悔するんじゃねーぞ」
 そしてシードも簡単に乗せられるのだ。それどころか店の主人にぽいぽいお金を渡し、注文するだけ出すように話を取り付けさえする。
 前から気づいていたが、彼には“お金をたかられている”という概念がどうもないようだ。名字を聞くとすごい顔で睨まれるため、素性はいまだ分からないが、たぶんまっとうなものではあるまい。
 だから、これ以上関わりたくないなあとソリッツは思っている。思ってはいるが、そうはうまくいかない。
「おい、お前が記録しとけ」
 どさくさにまぎれてこっそり逃げ出そうとしたが、シードに襟首を掴まれてそう命令される。当然、断れるはずもなかった。

4-4

 そして当然、シードが負けるはずもなかった。
 馬鹿呑みにつき合ってすっかり潰れた兄弟の後頭部を見て、シードは舌打ちをする。
「弱え」
 横で見ているだけで気持ち悪くなってきていたソリッツは、水のカップを片手に小さくため息をつく。
 これはこれで兄弟の狙い通りではあったのだろう。
 たぶん一番好ましいシナリオは、酔い潰れたシードの懐のものをちょうだいすることだったのだろうけど。自分たちが絡む前から散々呑んでいたシードに負けるとは思っていなかったに違いない。
 酒場のそこかしこから、賞賛や冷やかしや半ばからかいの声が上がるが、当の勝者はまったく納得がいっていない様子だった。
「つまらん。つまらんつまらんつまらん。喧嘩売ってきてこの程度かよ」
 苛立ちは全然発散できていないどころか、余計募っているらしい。シードはしばらくぶつぶつ言いながら酒を呷っていたが、不意に据わった目でソリッツを見やり、命令する。
「あいつら剥け」
「か、皮をですか……?」
「何で皮なんて剥くんだ。服だ服」
 潰れている相手と鼻息荒い目の前の相手、どちらを優先するかは考えるまでもない。意図が分からないながらも、ソリッツは兄弟の服を剥ぎ取った。渡そうとするといらんという仕草をされる。追い剥ぎ目的ではなかったらしい。
 彼はまた鼻を鳴らす。
「やっぱりつまらん」
「そりゃ面白くないでしょうよ。女の子相手ってならともかく」
 うす汚れた男の裸を見て喜ばれても困る。
「だってよ、身包み剥がしてやったぜ、とか得意そうに話す奴よくいるだろ」
「ああ、まあ、そうですね」
「つまらん」
 このままではまた自分の方へとお鉢が回ってくると予感したソリッツは慌てて周りに何かないかと首を巡らせた。
 その結果、半地下の酒場へと入ってきたリームはぎょっとすることになる。何しろそこにあったのは、探し人当人が半裸の男にぐりぐり落書きをしている光景だったのだから。
 彼は敬語を使うのも忘れて、主君の息子へと問いかける。
「な、何やってるんだ?」
「腹いせ」
「……面白いのか?」
「全然」
 吐き捨てるように言って、シードはぽいと墨を放る。
「やっと来た。何の用だよ。リーム先生が全然来ないから、こんなことする羽目になったんだからな」
 そう言われても、自分が遅いせいでこの状況になる経緯が全く思いつかない。
「いや……まあ、とりあえず、外に出ないか」
「ああ」
 シードは誘いをあっさりと承諾して階段へと向かった。
 階段へと向かう時、どこかほっとしたにこにこ顔でこちらを見送る男の姿をリームは認め、知り合いなのかとシードを見やるが、彼は振り向きもせずに外へ出ていくので慌てて追う。
 そして、入り口のところで突然立ち止まったシードにぶつかりそうになった。彼が凍った訳は推測できる。肩越しに窺うと、案の定そこにはアピアの姿があった。
「えっと……久しぶり、でいいのかな」
 どう出ていいのか分からなかったらしく、はにかんだ顔でアピアは小さく手を振ってくる。横では、ここまで案内してくれたミュアがにやにやしていた。
「……逆らえば良かったのかしらね?」
 意地悪から為されたミュアの質問に、答えは返ってこなかった。シードは黙ったまま、ずいとそちらへ進み出る。するとそれに合わせたように、何故かアピアもいきなり表情を引きつらせて後ずさった。怪訝な顔でシードがさらに足を前に出すと、アピアはやはりじりじりと下がっていく。
「何故逃げる」
「あの、だってシード……えーと」
 言い淀んでいるアピアに代わって、ミュアが冷ややかな目線をシードに送りながら指摘する。
「あのね。自分では気づけないのかもしれないけど、貴方臭い。無っ茶苦っ茶酒臭いから当然」
 それから、不思議そうに自分の体を嗅いでいるシードを置いて、アピアの手を引いてさっさと移動し始めてしまう。
「とにかく宿に戻るわよ。シードはさっさと先に行くか、離れてついてくるように」
「あ、てめ、待ちやがれ!」
 いつの間にやら、より一層粗雑になっているシードの扱いに、苦笑するしかないリームだった。

4-5

「で、何が起こったの?」
 腰を落ち着けるなり早速なされたミュアの率直な質問に、アピアはわずかに眉を寄せて黙り込んだ。代わりに離れた場所で睨んでいるシードがいらない口を開く。
「何って何だよ」
「あのね、まさかアピアがほいほい遊びに来たとは思っちゃいないでしょう?」
「一緒に行くんだろ? セピアは来てないのか?」
「ああ、もういいから、ちょっと黙ってて」
 とことん自分の都合の良いようにしか考えないらしいシードを放置して、ミュアはアピアの様子を窺う。彼はわずかにリームと目を合わせ、やがて意を決したように経緯を話し出した。
 開国の使節を自分が引き受け、ホリーラ王城へと赴いたこと、開国交渉自体は順調だったこと、そして舞踏会でのあの事件。
 シリルの名が出た途端、シードはしかめっ面をしていたが、さらわれた段に至っては呆れたように言い放つ。
「あんなのさらってどうするんだよ。煮込んで食うのか。まずいぞ、絶対」
「はいはい、黙ってる」
 シードの戯言を押しのけておいて、ミュアはニッカへ目を移し聞く。
「大事件、よね?」
「間違いなく大事件ですが。ミュア、ちょっと感覚麻痺してきてませんか」
 公爵子息とか王子とか国の転覆とかを経て、話だけの王女誘拐となると、さらに現実味も薄れているというところだろう。ニッカは話を引き受け、アピアへと問う。
「で、犯人の目星は?」
「ニッカはどう思う?」
 すると、問い返されてしまった。ニッカの性格上、そう振られれば巡らせていた考えを一つ一つ確認し始める。
「まずは三足族……と思うところですが、それがないことは、僕ら知ってますからね。次に単純に考えれば、生耳の貴族ら、王位奪還を目指している人たちが浮かびますけれど」
 昔は有羽族と生耳族が交替で務めていたという国王の座は、いつしか有羽族が占拠することとなっていた。その代わりなのか重臣には生耳族が多く、かつての三足族のような扱いこそ受けていないものの、やはり不満を持つ一派もいるようだ。
「でも、その辺りは真っ先に調査の手が行っているでしょうし、今回の件を起こすのはちょっと不自然な感じがしますね」
 例えば、三足族を引き入れたことで国王は国に混乱をもたらしたと糾弾することは出来るだろう。だが、開国交渉が始まったばかりの今では少々時期が早い気もする。まだ国を開くも開かないもこれからだったのだ。外交手段として話は聞いたが開国するつもりはなかったと国王派が言い出せば、糾弾の正当性はたちまち薄くなってしまう。
 それを考えれば、開国反対派の仕業にしても急すぎた。しかも、使節たるアピアを害するならともかく、王女をさらう利点はあまりない。自分の陣営に引き込むべく説得するためにしても、強引すぎて諸刃の剣だ。
「それとも、そこまで貴族社会は一触即発だったんですか?」
「知らん、そんなの」
 一応シードに尋ねてみたものの、けんもほろろな返事が来ただけだった。まあ、彼に聞く方が間違っている。
 そして、ニッカは両手を上げてみせた。
「降参です。僕の持ってる情報では、何とも見当がつきかねます。ただ、聖山で起こっているちょっとした騒ぎと関係があることだけは分かりますが」
 そう返されて、アピアは僅かに目を見張る。
「どうして関係あると思ったの?」
「そうでなければ、わざわざこんな形での合流はしないかと」
「そっか」
 アピアの口から小さなため息が洩れ、彼は話を引き受けた。
「うん……シリルはたぶん聖山の近くに連れていかれたんじゃないかと、僕は考えている」

4-6

 その話がアピアに飛び込んできたのは、ホリーラ王城に留まって一週間ほど経った頃合だった。自分も残ると言って聞かないトネリーや衛士たちを何とかなだめ、リタントへと戻ってもらう算段がついたちょうどその時だ。
 どんな些細なことでもいい、人智を超えた怪しい何事かが起こったという話があれば知らせてほしいと頼んであった結果だった。迎えに来いと言っているのならば、何らかの形で彼は己の場所を知らせてくるだろうとアピアは考えていた。
 どちらにしろ、手駒も動かせないこの国で、確実な証拠など得られる筈もない。きっかけを見つけたなら、後は自分で動くしかないのだ。
「リームさんにはすっかり迷惑を」
 今思えば、あの巡り合わせは幸運だった。彼でなければ、こんなに早く話は進まなかっただろう。
「いえ、全然迷惑なんかじゃありませんよ。お館様もえらく乗り気でしたし」
 リームは複雑な笑いを浮かべ、アピアもつられて苦笑する。当然それは「力になってこい」という意味の乗り気ではなく、「ぬかりなく監視してこい」という意味での乗り気だろうから。
 まさか三足族のしかも王子を一人でうろうろさせる訳もなく、お世話係という名の監視役がつけられるのは当然の流れだった。
「それに、お話もせずに取り残されていたら、余計に気になって仕方がなかったでしょうから。お陰ですっきりしました。だから、例え打診がなくとも自分から立候補していたと思います」
 それを見越して、アピアはリームへ事前に話を通しておいたのだ。開国反対派の最大派閥所属の衛士という立場には良い部分も悪い部分もあり、熱心な立候補によって判断の天秤は良い方向へと傾いたのだろう。第一、ある意味貧乏くじであるから、引き受けたがる人間はけして多くなかった。
「にしても、まさかあの手紙の真相が、リタント王家の揉め事に巻き込まれていたなんて、腰が抜けましたよ。他に何か隠し事はないんでしょうね。今なら、ミュアさんやニッカさんが王の隠し子だったりしても驚きませんよ」
 ないないない、とミュアもニッカも首を横に振る。
「にしても、何なんだろうね、その誘拐犯。他に何を要求するでもなく、迎えにこいなんて」
 現実味が薄いのは、誘拐犯の言動のせいでもある。話したのがアピアでなければ、まず作り話ではないかと疑ったに違いない。
「魔術師……魔術師かあ。うーん」
「たぶん会えばすぐに分かると思う……あれは、違う」
 考え込むミュアに、念を押すようにアピアは言う。しかし、ミュアは別にその言葉自体を疑っていた訳ではなかった。
「その人、何だか白い人じゃなかったよね、まさか?」
 ミュアの問いに、ニッカはそういえばという顔になり、アピアは要領を得ない顔になる。
「いや、どっちかというと、黒かったと思うけど……」
 それが何か、と目で問われ、ミュアは何でもないと仕草で示す。ここで森の中で遭遇した魔術師らしき人物の話をしてもややこしくなるだけだろう。その聖山近くの怪しい状況を調査して、何の手がかりも掴めなかった時には教えた方がいいのだろうけれど。
「とにかく、引っかかったら行ってみて確かめないとどうしようもない状態ってことね。まずは聖山か」
 話をそらすようにミュアはそうまとめて、改めてアピアを正面から見やる。アピアもまた、彼女をまっすぐに見返した。
「この状況で、こういうのも何だけど……こうやってまた会えて、すっごく嬉しい」
「それは僕も同じだよ」
 自然と抱き合う形になって再会を喜ぶ二人を、男性陣が遠巻きに眺める形となってしまう。
「……シードも混じったらどうですか」
「何で俺が」
「で、状況は分かりましたよね?」
「どっちにしろ聖山行くんだろ、一緒に。で、セピアは来ないのかよ」
 理解しているのだかいないのだか、分からない返事がやってくる。ニッカはシードを放っておいて、リームへと頭を下げた。
「僕ら、大体いつもこんな調子ですけど、よろしくお願いします」
「何でリーム先生も来るんだ?」
「やっぱり話聞いてませんでしたね」