Southward

第二章 魔の章

「狂った夢」

7-1

 置いていかれた理由なんて、痛いほど分かっている。
 自分はまだ小さくて、未熟に過ぎて、何より彼らの正式な仲間なんかじゃない。連れていってもらえるはずがない。
 それに、たぶん……後継とか言われていることも関係している。そんなの、勝手に言われてるだけなのに。自分にそんな器があるとも思えない。
『行かないで』
 後ろ姿に、そう呼びかけようとしても声が出ない。言ってはいけないことが分かっているから。困らせるだけだって分かっているから。
 分からない。何であんな奴らのために危険を冒さなければならないのか。何で皆が死を賭けて挑まなければならないのか。放っておけばいい。自分たちには関係のないことじゃないか。
 そう思う。
 けれど、そう思うと、胸が詰まる。息が苦しくなる。何かを忘れているような気がする。大事なものを置き去りにしてきてしまった気がする。
 考えても、思い出せない。
 尚更、皆が側にいないことが辛くなる。
 ふと、肩を暖かい気配が包んだ。知っている。振り向かなくても分かる。これは《父さん》の雰囲気だ。
 行きなさい。
 優しい言葉が囁かれる。
 でも、と首を振ると、なおも言葉は継がれた。
 行っていいんだよ。それを必要と感じるならば。
 本当にいいんだろうか。でも、彼が言うんだから、きっと。きっとアネキウスも許してくれるに違いない。
 期待が胸に満ち、振り向こうとしたその時。再び言葉は掛けられる。
 行きなさい。
 いつの間にか、声が違う。それは女の声。心を掴み取る声。背中を押し出す声。
 これを聞いては駄目。
 誰かが右耳で警告する。
 これを聞かなくては駄目。
 誰かが左耳で警告する。
 きりきりと差し込んでくる、痛みのような鋭い声。
 行って、貴方がなすべきことをなしなさい、人間よ。
 行かなくては、いけない。

7-2

 セピアは跳ね起きるようにして、目を覚ました。途端、のしかかる重みはふいと消え失せ、目の前を覆う闇は払いのけられる。
 荒い息を整えながら辺りを見回す。窓の隙間から漏れてくる柔らかい光。微かに響いてくる鳥たちのさえずり、枝葉のざわめき。
 いつもと変わらぬ、晴れやかな朝が訪れていた。
 そんな穏やかな光景と、自分の鼓動の早さが噛みあわない。無意識に首筋にやった手に、ぬるりとした汗がついてくる。その癖、唇はからからに乾いていた。
 夢。奇妙な、それでいて切羽詰った夢。
 セピアは、薄暗い部屋の中を見やりながら、ゆっくりと日常の感覚を取り戻そうとする。
 最後の方はぼんやりとして思い出せないけれど、あんなものを見てしまった原因は良く分かっていた。今日は大事な日だ。しっかりしなければならない。
 そう思った途端、喉の奥が押し潰されるような感覚に襲われる。頭の芯がじんじんする。考えないようにしようとしても、容赦なくその事実は体中に鳴り響く。
 アピアはいない。もう帰ってこない。そうすればいいと、自分が勧めた。
 もちろん本当は嫌だった。今でも嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
 寝台の上で、立てた膝に顔を埋めてうずくまる。眠りながら体全部が固まっていたかのように、全身にぎしぎしする心地があった。
 泣き喚いて訴えれば良かったと、ずっと後悔している。行かないでほしいと。側にいてほしいと。そう言えば、きっとアピアはその願いを聞き入れてくれただろう。
 でも、アピアの一番はもう自分じゃないことが分かってしまっていたから。
 引き止めることなんて出来なかった。
 大丈夫、大丈夫、大丈夫。
 セピアは口の奥で、すがるようにその言葉を何度も繰り返す。
 何とかなる、何とかなる、きっと何とかしてくれる。
 何の根拠もないけれど、そう願わずにはいられない。きっとまた会えるんだと。
 セピアはようやく寝台から立ち上がり、窓へとよろめき歩く。開けば、朝の光が部屋中に溢れて満ち満ちる。湖は穏やかに波立ち、魚の鱗か、湖面のそこかしこで時折輝きが生まれては沈んでいく。
 何が起きる予兆もない、当たり前の景色がセピアの前にある。
 だが、今日は大事な日だ。
 セピアは再びその言葉を繰り返し、外の空気を胸一杯に吸い込んでみた。少しだけ気分が楽になる。立ち止まっているより動かなくては、という気分になる。
 頃合良く扉が叩かれて、侍従の入ってよいか尋ねる声がした。返事をして、彼らを導き入れ、支度を始めることにする。
 大丈夫。きっと大丈夫。
 だって世界は、こんなにも良い天気なのだから。

7-3

「……セピア殿下」
 その人物はこちらの姿を認めるなり、立ち上がって深々と頭を下げた。そのまま上げようとしないので、セピアは困って声をかける。
「あの、頭を上げてください」
「再び呼ばれたからには、どのような処罰も謹んでお受けいたします。その覚悟はずっとございました」
「今回呼んだのはそうではなくて……まず、頭を上げてください」
 二度目の呼びかけで、ようやく彼は顔をセピアへと向ける。編みこみからほどけたらしき一房の黒髪が、その頬へとかかっていた。サラリナートの顔色は悪い。たぶん呼ばれてここへ赴く間中、最悪の想像ばかりに身を苛まれていたのだろう。予めそのための召集ではないと伝えてあったはずだが、とても信じられなかったに違いない。今ここで違うと言い含めても、その疑念は払えないだろう。
「一緒に来ていただけますか。そちらでお話があります」
 だから、まず今日の舞台へとサラリナートを連れていくことにした。諾々と導きに従う彼を連れて、セピアは回廊を歩き出す。塔へ向かう道は人払いがしてあるため、静寂に満ちて足音だけが響く。
 やがて二人と護衛らは塔の階段を上り、屋上に近いところにあるその扉の前へとたどり着いた。
「ここで待て」
 そう指示して衛士を廊下に引き止め、開かれた扉をセピアは先にくぐる。続いて足を踏み入れたサラリナートは、中の光景に僅かに目を見張った。
 そこは窓一つない小部屋だった。
 隙間一つなく詰まれた石壁は少しの光も通すことなく、音もまた行き場をなくすようでそのまま跳ね返ってくる。圧迫感を薄めようとしているのか、壁のほとんどに模様も艶やかなタペストリが下げられ、天井一面に空が描かれている。天より差し込む光と、差し伸べられる手。アネキウスの手だった。
 壁際に並べられた灯りがそれらの装飾と、そして中にいる人々を浮かび上がらせていた。
 椅子が五つ。掛けているのは二人。
「父上、連れてまいりました」
 片方にセピアが近づいていき、そう声をかける。テーピアは頷き、入口で立ち尽くすサラリナートへ目を向けた。
 しかし、サラリナートは国王の方を見てはいなかった。彼の視線は、部屋にいたもう一人に吸いつけられて離れない。
 椅子の背に後ろ手で拘束されたその人物もまた、入口のサラリナートを見つめている。戸惑いと緊張が辺りに満ちる。
 ディーディスとサラリナートは、どちらも口を開こうとはせず、無言の疑問をぶつけ合っているようだった。
「そちらへ座ってください」
 セピアがディーディスの隣の席を示すと、サラリナートはようやくふらりと動いてそこへ腰を落とす。呆然とした面持ちで、ほとんど魂が抜けてしまったかのように床に目を落としている。
 セピアもまた父の横に用意された席に掛け、残された椅子はただ一つとなる。そして、そこにいる誰もが、その椅子に誰が座ることになるのかを知っていた。
 やがて、扉が開かれ、皆がそこに彼の姿を見る。
 衛士に両脇を拘束されながらも堂々たる態度を崩すまいとする、王兄ナッティア=ファダー=トリプラトの姿を。

7-4

 扉が軋んだ音を立てて閉まっていく。ナッティアを連れてきた衛士たちは彼を椅子へと縛りつけると、廊下へと退いてその姿を隠していた。
 部屋の中には五人だけが残されている。それぞれの表情で、お互いの様子を探りながら、彼らはただ座っている。
 やがて、一際重い音を立てて、扉が完全に閉められた。
「これはどうしたことだ」
 途端、口を開いたのはナッティアだった。彼は己の息子へと目をやり、口元を歪める。
「なるほど、最後の慈悲か? ……それとも、意趣返しか、テーピア」
「兄上」
「懺悔などする気はないぞ。今とて、己の行いに悔いてはいない。正しさを疑ってもいない」
「話をしたいのだ、兄上」
 しかし、テーピアの訴えはあっさりと一蹴される。
「狂った人間とまともに話ができるとも思えぬが。お前の狂気にこの国を巻き込む気は失せぬのか、弟よ」
「どうしてそうも意固地になりなさる。我らはかつて共に暮らしていたのだ。その頃に戻るだけ、そしてそれはもう夢物語ではない」
「そしてまた、奴らに良いように使われる時代が訪れるのか」
「そのようなことは繰り返させない」
「……相変わらず、何を焦っている、お前は」
 幾度も行い、そして決して交わることのなかったやり取りだった。今もまたお互いが退くことなく、各々の主張をぶつけ合うばかりだ。
「性急なやり方では、国を混乱させるばかりだ。そう説いても、お前は聞こうとはしなかったな。……分かっているぞ。お前はあの時から、魅入られているのだ」
 そして、ナッティアはふと弟から顔を逸らし、かしこまって二人のやり取りを聞く甥の方へとそれを向ける。正面から見据えられ、セピアは居心地悪そうに身じろぎした。
「セピア。お前たちが隣国へと逃れた時、どうやった。壁を上から乗り越えたのか?」
 突然向けられた問いに、戸惑いつつセピアは答える。
「いえ……壁の穴、というかヒビ、みたいなところがあって、それをくぐりました」
「それはテーピアから教わったものか」
「はい」
 ごまかす必要は見受けられなかった。素直に頷いたセピアに対し、ナッティアは深くため息をつく。そして、こう洩らした。
「やはりそうか。あれは、私が見つけたものだ。お前ぐらいの年の頃だったな」
 いきなりの告白に、セピアは父と伯父の顔を見比べ、それが事実であることを悟った。ナッティアはなおも言葉を継ぐ。
「その頃、少し揉め事があり、私たちは城から遠ざけられ隠されていた。そんな状況下で私は退屈していたし、ついて回る大人たちにうんざりもしていた。好奇心も悪戯心もあった。だから、嫌がるそれを巻き込んで、向こうを覗いてみようとしたのだ」
 そういえば、あのヒビの近くに昔住んでいたことがあると、かつて父が洩らしたのをセピアは思い出す。
「私たちの冒涜的な試みは、誰にも見つかることはなかった。私たちは壁の細い割れ目を通り抜け……禁断の地を垣間見た」
 そこでふとナッティアは話を途切らせ、彼の声の残響だけが天井から降ってくる。それが消え失せるのを待ってから、彼はようやく口を開いた。
「あったのは、一つ一つを言葉で説明すれば、大したことのない風景だ。こちらと何も変わらん。セピアなら分かるだろう」
 問われて、またセピアは頷く。あそこを抜けても目の前に広がるのはただ穏やかな草原で、奇異なものなど見つけようもない。
 けれど。
「けれど、私の胸をあの時満たしたのは、恐怖だった。ここより先に踏み出してはいけない。私の足はすくみ、一歩も動かなくなった。だが、我が弟は違った。そうだな、テーピア?」
 次に振られたテーピアは、頷きはしなかった。ただ硬い表情で兄を見返すだけだ。
「ふらふらと踏み出そうとする弟を、私は無我夢中で止めて、引きずるようにしてこちらへと戻った。どうして出ていこうと問い詰めても、夢現な返事しか戻ってこなかった。それからだ。何もかもがおかしくなっていったのは」
 苦悩の色を瞳に滲ませ、ため息のように彼は全てを話し終える。
「お前があの時何を見たのかは、知る由もない。だが、これだけは言い切れる。お前の見ているのは狂った夢に過ぎないと」
 そして、再び沈黙は訪れた。

7-5

 もはや交渉の余地などないように思われた。いや、最初から交渉ではありえないのだ。彼らは確かに兄弟ではあるが、今はそれよりも罪人と断罪者の関係であるのだから。
 セピアは口出せぬじれったさを抑えて、椅子にかしこまっていた。
 伯父はきっと憤っている。このような状態になってまでも、分かり合おうと考えている父に。今さら理解しあっても、結果は何も変わらない。
 それが父の弱さであり、美点であると、セピアは思う。だから、待つ。
 父が話そうとしていることを知っているが故に。
 そしてついに、テーピアは頑なな拒否の態度を崩さないナッティアへ声をかけた。
「話をしたいのだ、兄上」
 同じ言葉でなされた訴えは聞き流されたが、テーピアは先を飲み込まずに話し続ける。
「私が、私たちが今まで伏せてきた、隠し通してきた話だ。その為に、今日この場を設けた」
 訥々と打ち明ける彼の口調はわずかに震え、煩悶の心情が滲み出ている。
「兄上を信用していなかった訳ではない。だが、あの子のことを考えると、可能な限り知る人物は少なくしたかった」
「……何の話だ。誰の話をしている」
 そこに至り、ようやくナッティアは興味を引かれたようだった。拒絶の姿勢を緩め、そう問い返すも、これまでの口振りで返事を待たずに答えを悟ったらしい。並んだ一堂を改めて見渡し、さらに疑問を重ねる。
「そういえば、何故この場にアピアはいない。揃った顔を見るに、いるべきではないのか」
 セピアはついに訪れたこの瞬間に、膝の上に置いた拳を握り締める。
「アピアは今、ホリーラにいる」
 父の声は、むしろ淡々とした響きで床へと落ちていく。
「たぶん私たちはもう……生きたあの子を見ることは叶わないだろう」
 騒音は、そのこだまをかき消すように部屋中に鳴り渡った。
「お前が!」
 突然の激昂だった。
 後ろ手に椅子へ縛り付けられているというのに立ち上がろうとして、ディーディスは転びかける。慌てて支えるサラリナートに構わず、彼はテーピアを睨み据えて叫び続けた。
「お前がそうやってあいつを扱うから、あいつは! あいつは!」
 サラリナートを手伝おうと立ち上がりかけたセピアへ、次に彼の憤慨は向けられた。
「お前もだ!」
 ぎょっとして立ち尽くしたセピアに対し、彼は告発を投げつける。
「お前が生まれてから、あいつはおかしくなった! 笑わなくなった! お前らがそうやってあいつを……」
「ディーディス」
 彼の暴走を止めたのは、小さい、しかし重さを帯びた呼びかけだった。己の名前を聞いて、彼は不意にぴたりと口を閉ざし、その人物の方を見やる。
「人が生まれたこと自体を責めて、何になる」
 ナッティアはきつく眉を寄せ、噛み締めるような声音で彼をたしなめる。それは息子にというより、自分へ言い聞かせているようにも思えた。
 そして青ざめた顔でおとなしくなった息子を横目に、ナッティアは弟へ先を促す。
「聞かせてもらおうか。見た目や振舞いほど、アピアの体が強くないだろうこと薄々察してはいたが」
 彼の表情は苦々しく、問いは吐き捨てるような調子だった。
「お前は、自らの欲望を満たすために、息子を隣国への贄として差し出したという訳か?」
「違う」
 返事は、一拍の間もなくやってくる。その怒りにも似た強い口調に、ナッティアは眉を上げただけで重ねて問おうとはしなかった。弟たる国王は、もはや彼の目の前で隠しようもないほどに全身を震わせていた。
「ああ、そうだ、兄上。身勝手な欲望だ。国王として失格だと、印を取り上げられても文句はない。いや、来世すらないと断罪されても構わない」
 テーピアは己の頭を抱えるような姿勢となり、それでも話すことを止めない。
「だが、教えてほしい。他にどうすればあの子を救うことが出来たのだ」
 セピアが立ち上がり、父のすぐ後ろに添うように立ち肩に手をかける。
「それが分からぬ限り、たとえ昔に戻ることが出来ようとも、私は同じことを繰り返すだろうとも」
 国王としての自分、父としての自分。
 権利濫用と責められるのは、最初から覚悟の上だったろう。それでも止めることは出来なかった。迷っている間にも、時間は少なくなっていくばかりだったのだから。

7-6

 待望の第一子だった。
 その日、朝から頭痛が治まらず、寝台から起き上がれなかったことで、テーピアは産みの時がいよいよ今日だと悟った。前はここまでたどり着けなかったのだ。
 あの、“繋がり”が徐々に弱っていき、ついにふつりと途切れる感覚を思い出してしまい、顔から血の気が引く。あんな思いはもう二度としたくはない。
 何よりも、メイエがあのように落ち込む姿を見るのはもう二度と御免だった。彼女は優しい故に周囲の強い感情に惑わされやすく、体が心に引きずられる性質だ。あの時も、体にさほど影響が出ない時期に流れたというのに、一月寝込んで外に出られなかった。ここまで来て、万一ということがあったら……最悪の想像が頭をよぎる。
 侍従長を呼び、ついに今日だということを告げ、メイエの側へ連れていってくれるよう頼む。侍従らにもそろそろだという心の用意はあったので、すぐさまその要望は叶えられた。妻もまた、自分のことを待っていたらしく、こちらの顔を認めるとほっとした様子を見せる。可能な限り側にはついていたが、公務もあって特に最近はそれもままならない状態だった。さぞ不安だったろう。
 望まれているのは無事な誕生だけではない。跡継ぎ、つまり選定印所持者が産まれてほしいという期待が、さらに彼女を追い詰めている。父親にも産みの繋がりがあるとはいえ、実際に子を育んでいるのは母親だ。加えて、国王に直接物申すのではなく、王配に匂わす態度を取る者の方がずっと多いに違いない。けしてそのようなことを打ち明けはしないが、彼女の心労は相当なものだったことは察せられる。
 それも今日で一区切りだ。生まれたなら生まれたで別の思惑がまとわりついてくるのだろうが、今よりはきっと気も楽だろうと思う。何よりも、早く自分たちの子どもの顔が見たかった。
 その考えがひどく甘いものだったと、すぐに思い知らされることになるとは、その時の自分には想像すらできなかったのだ。
 初めて経験する産みの時は、全身の力が抜けていくような感覚を一番良く覚えている。メイエはもっと辛かったに違いない。ようやく終わった頃には、精も根も尽き果てていた。それでも、侍従たちの喜びの声で体を起き上がらせる。
「陛下、お子様は印をお授かりです!」
 そう告げられた時には、心底ほっとした。兄の顔が胸中をよぎる。上の子が後継者ならば、自分たちのような確執は起こらない。メイエへの重圧も、立派に役目を果たしたということで軽減されるだろう。
 皆に望まれ、祝福された子ども。
 次の玉座を継ぐ、神に選ばれた子ども。
 あまりにも理想通りの展開すぎたせいか。テーピアが根拠のない不安をふと覚えたその時、侍従の一人が小さく声を上げる。
「あら、何か持って……?」
 コツン、と床から鳴った硬い音が、その歪みの始まりだった。