夏の魔王

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7月20日(日) 晴一時雨

 ひみつ基地でぼくたちは話しあったのだけど、まとまりませんでした。
 ソウくんはこんなでは正義の味方じゃないと困っていました。

 その日は朝から雲の流れがやたらと速かった。地上ではさほどでもないが、上空では強い風が吹いているらしい。あっという間にちぎれ雲が山の向こうへと消えていく。
 僕と仁菜が本部に着いた時には、すでに宗太郎や千衣子、素直が到着していた。しかもそこにいるのはその三人だけではなかった。入り口の窓に背を向け三人に向かい合うように座るその男女は、非常に不機嫌そうな態度を隠さない庸介と、それを困ったように横目で見ている涼乃だった。また来るとは言っていたが、本当に来たらしい。
 僕は戸惑いながら彼らの横を通り、素直の隣に座る。仁菜も続いて僕の横に座った。彼らもまた僕をちらと見ると、所在なさそうに黙って座りなおした。
「モトくん、あの人たち……」
 いつから来たの、と素直に囁こうとした僕は、その時はじめて彼の顔を間近で見て、思わずぎょっとした。素直は目の下に隈を作って、憔悴しきった様子だったからだ。僕の驚きを感じ取ったのか、素直は地面 を見たままで眼鏡をくいと直した。
「ちょっと眠れなくてさ」
 軽く、なんでもないことのように彼はそう答えたが、どう見てもまともな状態じゃない。しかし、僕にはそれを指摘するような強さはなかった。
「マンガでも読んでたの?」
「うん、面白くて徹夜しちゃったな」
 ごまかすように聞いた僕の言葉に、素直は頷き返した。いつもの素直なら、例え本当に漫画を読んで寝不足だったとしても、マンガなんて馬鹿みたいなの読んでないよ、と言うはずなのだ。僕はそれ以上続けられなくて黙り、本部はまた居心地の悪い沈黙に包まれた。
「シンヤはまだかな」
 僕と素直のやり取りを気にしていたらしい宗太郎が、誰に言うともなく呟く。僕は反射的に素直の左手を見てしまい、そこに腕時計がはめられていないことにようやく気づき、一層不安な心持になった。
「まあ、時間も過ぎたことだし、先に始めるか。いいですよね?」
 最後の部分は庸介と涼乃に向かって、宗太郎は尋ねている。庸介は小さく舌打ちしてそれに答えた。
「いいもなにも、そのためにこっちは来てんだ」
 途端に横の涼乃に彼の頭がはたかれる。彼女は庸介に恨みがましく睨まれても平然とした顔を崩さず、宗太郎に向き直った。
「貴方達には昨日、ヨウスケ達がご迷惑をおかけしました。てっきり今日はそのお詫びにここに来るものだと思っていたのですが」
 年に似合わぬ態度と言葉使いをする人だった。深々とお辞儀をされて、宗太郎は慌ててしまう。
「えーと、いや、もうそれはどうでもよくて……」
 彼の視線が一瞬僕に流れて、そして次に窓に移った。僕は宗太郎のしたい事が分かり、ひょいと手のひらを動かす。すると、涼乃の後ろでばたんという音を立てて橋が渡った。庸介と涼乃が驚いて振り向いたので、今度は下へと指を振った。途端に橋は支えをなくしてどたんと窓にぶら下がった。駄 目押しに、もう一度上へ手を振り上げる。ちょっと勢いがつきすぎたらしく、斜めに橋が持ち上がって緩い滑り台みたいになってしまったが、まあ細かい調整はできないからしょうがない。ここで二人は、僕の動きと橋の上下の関係性を了解したらしい。
「つまりは、俺らも同じようなことができるって話です」
 司会役を買った宗太郎が話を進める。次に素直を手のひらで指した。
「それで、彼は見えます。そういう力の持ち主です」
「あんたはたぶん伸ばせるんだと思う。物に触れるのは手のひらの部分だけなのかな。そこだけ強かったから」
 振られた素直は、庸介をちらりと見てぼそぼそとそう言った。
「あんたの方はよく分からないけれど、昨日は棒みたいなものを手に持ってた。あれは竹刀の形だと思うけど」
 さきほどから表情がこわばっていた涼乃だったが、その指摘にまた一際顔色が変化した。対して庸介は大きく息をついて首を振る。そして、天井辺りを見ながら言葉を吐き出した。
「なんでえ、俺とスズノだけかと思ってたのによ」
 その時、坑道の方からどたばたと騒々しい足音と共に、「遅れた遅れたーっと」と言いつつ真哉が本部へと飛び込んできた。彼は飛び込むなり僕らの姿を見つけ、大きく手を上げる。
「あのクソ五年どもも追い払ったし、今日は何して遊ぶ?」
 もちろん真哉なだけに、庸介と涼乃の存在も気づかず、僕らの困った表情や目線などこれっぽっちも気にしてくれなかった。彼はとうとうと自分の計画を語り始める。
「まずは昨日できなかった乾杯な。コーラぬるくなっちゃってるけど我慢しろよな。で、次だけど暗号を……」
「昨日はすまなかったな」
 不意に後ろから庸介に声をかけられ、真哉は猫のように思い切り飛び上がって振り向いた。昨日の敵の姿を見つけて反射的に構えた真哉に向けて、庸介はもうやらないというように手を振ってみせる。
 それから、あぐらをかいた膝に両手を置き、宗太郎に改めて向き直る姿勢になる。
「敬語はなしでいい。聞いてるとかゆくなるからな。名前も呼び捨てで結構だ」
「なあソウ、何だよ、これ」
 庸介と真哉が同時に喋り、とりあえず宗太郎は真哉を手招きして千衣子の横に座らせる。真哉は不満そうな顔をしながらも、しぶしぶと彼の言うことに従った。庸介は彼が落ち着くのを待って、話の続きを切り出す。
「で、早速聞きたいんだが、お前らも夏休みの間だけか?」
 庸介は主語を抜かしたが、それの意図するところはみんながすぐに察した。彼らの力はやはり僕らとまったく同一のものと見ていい。初めての同い年以外の仲間だった。
「同じだな」
 宗太郎が嘆息する。
 夏休みの間だけ使える魔法。僕ら五人がお互いを仲間だと認識したのも偶然だった。二年前のプール登校日、千衣子の足がつって溺れることがなかったなら、僕らはお互いを知ることすらなかったかもしれない。あの時も僕らを結びつけたのは素直の力だ。
「俺やスズノがこの妙な力に気づいたのは三年くらい前だったな。お前らはどうだ?」
 どうやらそれも同じらしい。僕らの中では千衣子の力だけが発見が遅れたが、大体似たような時期に使えることを見つけている。
「で、だ」
 興がのってきたらしく、庸介は真剣な顔で身を乗り出してきた。横の涼乃も今までの会話で状況を把握できたせいか、口を出さずに彼に会話を任せているようだ。
「ここにいる奴ら以外で、この力の話を知ってる奴はいるのか?」
 宗太郎はそれに首を横に振って答えた。
「親にも?」
 庸介の畳み掛けるような問いに、みんながばらばらに首を横に振る。それぞれの理由で、僕らは親に相談や打ち明け話はできなかった。信じてもらえないのは目に見えていたし、変に騒ぎになるのも嫌だというのがみんなの共通 見解だった。
「そいつはかしこいや」
 そこで庸介は鼻を鳴らして薄く笑った。
「俺はうっかり言ったら親父と兄貴に馬鹿にするなってんで病院行きにされたからな。全治一ヶ月だったか」
 涼乃の表情で、庸介のその言葉が嘘ではないことはわかった。どうやらこの二人は幼馴染の様子だと僕は推察した。それが正しかったことは、後で涼乃に聞いて証明される。
「だから、お前らがぺらぺら喋るような奴なら、脅しておかないとまずいと思ったんだよ。それが今日来た理由な」
 庸介は笑いをひっこめずにそう僕らにすごんでくる。昨日までだったら、僕はその凶悪そうな笑みにすっかり萎縮してしまっただろうが、今は少しも怖くなかった。彼は力のみならず、僕らの仲間だ。そしてたぶん向こうも僕らのことを仲間だと今や思ってくれている。
「俺たちは喋らないよ。これは仲間だけの秘密なんだから」
 宗太郎がそう言うと、「ならいいけどよ」とあっさりとその話を切り上げたことからもそれは明らかだ。
「なんだ、せっかく力使って心置きなく戦えるかと思ったのにさあ」
 心底つまらなさそうな声で、真哉がぼやく。
「なんならいつでも相手するぜ。こっちもあれを使ってやり合ってみたかったしな」
「ちょっとヨウスケ、まだ話は終わってないんでしょう」
「シンヤ、それは後にしようぜ」
 たちまちやり合おうとした二人を、涼乃と宗太郎が止めに入る。昨日のような険悪さこそないが、どうもこの二人は喧嘩っぱやいところが共通 なようだ。
「大体、正義の味方の敵は他にいるだろ。仲間割れは良くないぞ」
 まだやる気を失っていない真哉に向かって、宗太郎はとりなすようにそう言う。それで真哉は思いついたように叫んだ。
「あ、そうだそうだ。魔王魔王。なんかこう俺たちの敵としては申し分なしって感じじゃねー?」
 途端、素直と千衣子の様子が目に見えて不審さを増した。対して庸介の表情には不信の色がよぎる。
「あ? 正義の味方? 魔王? なんだそりゃ。ゲームの話か?」
「あんた聞いてなかったの? チーコが占っただろ。しかしなんかこうわくわくするよな、基地ができれば悪の組織もできる、うん、まあ考えればそれが当たり前なんだけどさ」
 すっかり真哉はいつもの調子を取り戻して、庸介にも物怖じせずに話しかける。僕は真哉のぞんざいな言葉使いに庸介が怒り出すんではないかと心配したが、さすがに自分からタメ語でいいと言い出しただけあり、あっさりと庸介は受け答えをした。
「あー、そういえば昨日そこのちっこいのが何か言ってたな。それがどうしたってんだよ」
 庸介に不躾に指差され、千衣子はびくりと飛び上がって宗太郎の後ろに隠れた。
「失礼でしょ、ヨウスケ」
「え、何が?」
 涼乃がたしなめると、庸介は分かっていない様子で指を引っ込め、その扱いに困ったのか鼻の頭を掻く。千衣子は宗太郎の後ろに隠れたまま、彼の服の背を引っ張った。
「チイの能力は、予言なんだ」
 それで、彼女のかわりに宗太郎が説明を始める。千衣子からスケッチブックを受け取って、一番最初のページをみんなに開いてみせた。しかしそこに見えるのはぐしゃぐしゃに引かれた線ばかりで、何も読み取れそうにない。宗太郎は次のページを開く。そこには五十音とはい、いいえの文字、そして鳥居が几帳面 に書かれた新しいページがあった。夏になる前に千衣子が作り置きしておいた特別 専用スケッチブックなのだ。
「コックリさんね」
 涼乃が覗き込んで言う。
「夏の間は当たるんだ。質問の仕方が悪くて意味がずれることはあるけど、ほとんど絶対当たるんだ」
 一昨年の夏休み後半、調子に乗りすぎた真哉が足を折るのも分かっていたし、去年は食中毒が起きるパン屋を使うのを避け、難を逃れたこともあった。千衣子の予言は絶対に当たる。だから、いざという時しかみんな使おうとしない。
 宗太郎の主張に、庸介はたちまち仏頂面になった。
「昨日はだれも質問してねーだろ。それともあんたがそういう質問してたのか?」
 千衣子は庸介に問いかけられ、小さくぷるぷると首を横に振る。
「じゃあなんかの間違いなんだろ。お前らと俺らが同じような力を持っていることは認める。だから俺はもうお前らには手出ししないし、何かあったら言ってくれれば力になる。でも、魔王なんてあほな話に付き合っちゃいられねーよ」
 庸介はそう言うと立ち上がった。
「正義の味方ごっこをする年でもねえ」
 僕らと一才しか違わない男は心底馬鹿らしそうにそう吐き捨てて、本部を出ていく。彼が橋に足をかけたその時だった。腹に響く音が空から地上へと降り注いだ。するとみるみるうちに辺りは真っ黒になり、継いで一瞬の光が閃いた。
 たちまちひどい量の雨が本部の屋根を叩き出す。僕らは急いで立ち上がり、窓を閉め、そしてまた自らの位 置へと戻ってくる。それでもまるで太鼓の中に入れられたかのように音は襲ってきた。
「帰れねーじゃねーか、これじゃ」
 舌打ちをして、庸介もまた元のところへ座りなおす。宗太郎が懐中電灯を三本ほど輪の真ん中に転がした。
 窓の外は真っ白だ。割れている窓の隙間から水が滴ってきて、床に音を立てて溜まっている。もちろん蝉の鳴き声なども止んで、まるで全てが死に絶えてしまったかのようだった。
「私は魔王、お前たちは死ぬ、夏の終わりに、私を見つけ倒すなら……」
 宗太郎が繰り返す昨日の千衣子の予言がやけに状況に合ってしまっている。
「チイの予言は絶対に外れない。例えば明日、俺が車に跳ねられるって結果が出たとする。そうしたら例え家の中にずっとこもってたとしても、跳ねられるんだ」
「はあ?」
 結局話に付き合わされる羽目になった庸介は、とことんこの展開を馬鹿馬鹿しいと思っているようだ。涼乃は黙って話を聞いているが、同じように感じていても仕方がない、と僕は考える。けれど宗太郎の言うことは本当だ。
「だって、跳ねられなければ当たったかどうか分からないだろ。絶対当たるんだから。家の中にいて跳ねられなかったら、外に出ても跳ねられなかったかもしれないじゃんか。それじゃ当たってないかもしれないだろ」
 真哉が分かりにくい言い方ながら宗太郎を援護する。庸介はぽかんとした顔で彼を見返した。そこで宗太郎は千衣子にスケッチブックとサインペンを手渡す。
「チイ、平気か?」
「……うん、できると思う」
 顔色が悪いながらも、千衣子は新しいページを床に広げ、サインペンのキャップを抜いた。言葉をいくら並べても信じてもらえないだろうから、実際にやってみるつもりなのだ。
 質問はごく単純だった。
「神様神様、この雨はどれくらいで止みますか?」
 ざざ、とみんなが見守る中でペンが滑った。文字を追っていくと「すぐに」となる。外では雨は変わらず強く降り、止む気配はない。
「おいおい、これだけ降ってるんだぜ。そう簡単に雨が止む訳……」
 しかし庸介がそこまで言った途端、雨音がどんどんと小さくなっていく。黙り込んでしまった彼の目の前で、雨のカーテンがするすると山の向こうへと引かれていき、やがて陽光が窓を通 して差し込みはじめた。
「通り雨だったみたいね」
 感心したような困ったような息を一つつき、涼乃がそう洩らす。それから、どうするの、と言いたげな目線を庸介に送った。庸介はまだ納得いかないらしく、しばらく宙を睨んだ後にこう反論してきた。
「いや待てよ。必ず当たるってのなら、そんな予言はする意味があるんか?」
「予言の中身が俺たちのことでなければ、回避はできるよ」
 例えば、食中毒の予言の場合は僕らがそこで買わなければ良いだけだった。食中毒は必ず起こってしまい、それを防ぐことは僕らには出来ないのだが。
「だから俺たち自身のことは出来るだけ占わないようにしてるんだ」
「でも今回はお前たちってはっきり言われてたよな。ってことはだ、俺たちは何をしようが死……」
 そこで庸介の視線が今度は宙を泳いだ。たっぷり五秒の間彼は固まり、そしてまた大声を出す。
「はあ?」
「そこが問題なんだ」
 僕らも昨日そのことに思い当たった時に愕然としたのだ。庸介もそれは同じようで、慌てて話を否定しにかかる。
「でも昨日のとさっきやった予言と状況が違うだろ」
「うん、だから、昨日のはもしかして予言じゃないのかもしれないけど」
「そいつがわざと動かしてやったんじゃねーのかよ!」
 庸介に責められた千衣子は震え上がって、また宗太郎の背中に隠れてしまった。彼女にとってはよく見知らぬ 、しかも年上の男に糾弾されるのは覚悟していても恐ろしいことだろう。宗太郎は彼女を庇うように両手を広げる。
「それは俺らも聞いた。すごい力で勝手に動かされたらしいんだ。読み上げたのもしたくてやった訳じゃないって。チイがそんな嘘をつく理由はないだろ」
「あの時、チイコの横に黒い影が立ってた」
 ぼそりと素直が呟いた言葉には、冗談の響きは少しもなかった。大体素直はそういう冗談を言う性格じゃない。
「真っ黒だった。感触は僕たちの力と同じだったけど、普通僕たちのは黄色やオレンジに近い色なんだ。でもそいつは本当に黒かった。吸い込まれそうだった」
 隣りにいる僕には、素直の全身が細かく震えているのがはっきり分かる。仁菜もまた怯えたように僕の服の袖を握ってきた。
「あれが魔王だ」
 そして素直は口を閉じ、その日は帰るまで一言も喋らなかった。
 沈黙が本部に満ちる。それを破ったのは苛々した庸介の声だった。
「で、お前ら何が言いたいんだよ。だから黙ってみんなでここから飛び降りて自殺しようとでも提案してるんか?」
 ようやく一番の本題に入れるらしい。宗太郎は一つ咳払いをすると、身を乗り出し、囁くように言った。
「魔王をみんなで倒すんだ」
「何をしようが、予言は当たるんだろ」
「よく思い出してよ。最後に、『私を見つけ倒すなら』って言ってた。そこで邪魔されて後は分からないけれど、流れからすると……」
「魔王とやらを倒せば、助かるかもしれないって訳か」
 それが昨日、僕らが出した結論だった。今までも回避条件がついた予言はあったし、今回だってそうでないとも限らない。
 それに僕らは賭けるしかなかったのだ。もちろんこの上級生の二人にだって、選択肢はこの一つしか残されていないはずだ。だが、庸介はそれを選ばなかった。
 彼は立ち上がり、躊躇せずに出口の窓枠を飛び越えてしまった。そして気怠そうに言ったのだ。
「まあその話はお前らでやってくれ。魔王の正体は夏休みの宿題でしたーってオチはよしてくれよな」
「おい、お前、死んじゃうんだぞ」
 焦った真哉が立ち上がって、去ろうとする庸介の背中に怒鳴りつける。しかし庸介は振り返らなかった。
「まあそれならそれでいいんじゃねーの。俺の寿命がそこまでだったってことさ」
 ひらひらと手を振ってそう言うだけで、本当に加わる気はなさそうだ。すると、今度は今まで考えている様子だった涼乃が立ち上がった。
「ヨウスケ、私は残るわよ」
 同じく立ち去るつもりだろうかと見守る僕らの前で、彼女は予想に反して彼に向かって宣言する。これには庸介も反応して振り向いた。
「本気かよ」
「死にたくないもの」
 しばらくお互いが真意を探り合っているようだった。先に目線を逸らしたのは庸介で、橋の外に唾を吐きつつこう洩らす。
「好きにすりゃいいだろ」
 そして、わざと矛先をそらして、宗太郎の方を見た。
「お前、ソウタロウだったな。お前の能力は聞いてないが」
 庸介の問いに、宗太郎は出口の窓へと近づいていった。そして彼へと手のひらを向け、まるで自動車のワイパーのように手を交差してから広げる。庸介が顔を歪めるのが見えた。暑かったのだろう。
「前の辺り触ってみて」
 宗太郎が促し、庸介は躊躇したものの、宗太郎の手が横切った辺りの空間に手を差し出す。彼の手は妙に肘が曲がったまま、それ以上のびなかった。
 宗太郎は空気を固くできる。それは夏の暑い日に、冷房がきつく効いた部屋から外に出る時と似ていた。暑い空気が質量 を持って押し返してくるような、あの感覚。
「へえ」
 庸介は鼻を鳴らす。
「ところで、占いとか力が見えるとか、浮かせるとかこういうこととかで、どうやって魔王を倒すつもりなんだ?」
「なんとかするよ」
 魔王がどんな奴でどんなことができるのか、分からない今では宗太郎も素直にそう答えるしかなかったのだろう。それを受け、庸介は目を細めて僕らをぐるりと見回した。
 一瞬、彼も残って力になってくれるかと思ったが、それは甘い考えだった。庸介は肩をすくめてみせると、踵を返して橋を渡っていってしまった。彼の後ろ姿が闇に消えるのを僕らは見守った。
「じゃあ作戦会議といこうか」
 彼の姿が完全に見えなくなった後に、宗太郎は振り向いてそう言ったのだった。

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