8月22日(金) 晴
ようやく基地に全員が集まって会議になった。夏休みの終わりまであと一週間ちょっとしかない。
僕が姿を現すと、宗太郎の顔が安堵で緩んだように見えた。彼は半立ちで僕を迎え、隣にいる千衣子がそんな彼の顔を横目で見つめている。
「もう来ないかとはらはらしたよ」
宗太郎があまりに嬉しそうにそう言うので、僕は首をかしげる。すると、彼は続けてこう指摘してきた。
「だってヒロキだろう、全校集会のあれって」
「あ……」
あの時はとにかく気分が悪くてよく考えなかったが、思い返せばあんなにたくさんの人間がいる前で力を使ってしまったことになる。僕のやったことだと気づく人がもしかしているかもしれない。力のことを秘密にするというこのメンバーの約束を僕は破ってしまったのだ。
「ご、ごめん……」
慌てて謝るが、心の中ではそれがもう遅いことにも気づいていた。なにしろ言われるまで自分のルール違反に気づいていなかったのだから、言い訳のしようもない。
しかし頭を上げると、宗太郎は笑みを浮かべた顔を崩さず、こちらを見ていた。
「やっぱり気にしてたのか。そんなのもういいよ」
「だって、能力のことばれちゃったら」
「ヨースケもあんなことしちゃったしさ、もうそんなに気をつけることもないと思うんだよね」
彼はあくまでにこやかだった。本当に気にしていない様子で、僕の方が戸惑ってしまう。あっさり許してもらったのだから安心してもいい場面
のはすだったが、どうしてか僕の口の中は一層乾いていくようだった。
「大体、俺たちは魔王を倒すんだから。ばれたってぜんぜん構わないだろう?」
そして、はっきりと僕が違和感を感じた時には、もうそれを問い詰めることは出来なかった。入り口から涼乃が入ってきて、話が途切れてしまったからである。
「遅くなってごめんなさい」
宗太郎から顔をそらすようにして、僕は久しぶりの涼乃へと振り向き、そして絶句する。涼乃の美しく長い黒髪は、肩の上でばっさり切られていたのだ。僕の頭の中でこの前に会った涼乃の母親のイメージがぐるぐる回って、窒息しそうになる。
その時の僕は驚きの表情で凍りついていたに違いなく、涼乃は頬を赤らめながら声が出ない僕にこう説明してきた。
「自分で切ったの。そんなに変?」
慌てて首を振り、僕はようやく声を絞り出す。
「……びっくりした」
「俺たちも昨日ものすごく驚いた。いきなりだもんなあ」
「ああやって伸ばしておけば少なくとも文句は言われなかったから。でももうたくさん」
ふっと挑戦的な笑みが涼乃の唇に浮かぶ。少しうつむき加減になった彼女の頬にさらさらと黒髪が降りかかった。うなじにかかる後ろの髪の毛は、自分で切ったと言うだけあってぎざぎざがたまに目についた。
確かに彼女はあの逃亡以来、開き直ったらしかった。旅行から戻ってきた家族がこの姿を見たら、どんなことを言われるかしれない。その時のことを想像するだけで、僕は息がつまりそうになった。
「ヨウスケも今日は顔出すって言ってたわ」
「へー、それなら会議が出来る。これからもこうあってほしいな」
宗太郎の機嫌の良さはとびきりだ。何か良いことでもあったのだろうか。そして、庸介が姿を現したことによって、それは一層強くなった。
「ここまで来たら観念しろってんだよ」
彼は真哉の襟首を掴んで引きずりこんできたからである。作戦室の明かりの範囲に入ってしまうと、真哉は抵抗しなくなり、僕らの方へと振り返った。
「あーと、その……」
「シンヤ、よく来てくれたよ!」
途端に宗太郎が彼の両手を掴んで、握り締める。最初は戸惑っていた真哉も、宗太郎が歓迎してくれていることを呑み込むと、その体から緊張が取れたようだった。
「一緒に魔王をやっつけような!」
力強く問い掛ける宗太郎の言葉に、真哉は頷き、手を握り返した。これでようやく一旦ばらばらになった僕らは元に戻れたはずだった。
「お、チーコがいる。出てきて平気なんかよ、お前」
「今日は六時頃までお母さん帰ってこないから」
真哉は早速千衣子を見つけてからみ始める。千衣子は膝の上に揃えておいた握りこぶしを見つめるようにうつむいたまま、彼の問いに答えた。
「ふーん、でもいきなり帰ってきたりしたらやばいんじゃねー?」
「大丈夫なの!」
「いいから、シンヤも座れよ」
宗太郎が割って仲裁し、真哉も加わり車座ができる。久しぶりの作戦会議だ。宗太郎は庸介も誘ったが、彼は壁にもたれて立ったまま、加わるつもりはないと無言で表明した。ただ一つ素直がいないことを除けば、夏の初めとあまり変わらない光景だ。
「色々あったけど、こうやってまたみんなが集まって、俺はすごく嬉しい」
こぶしを振るった宗太郎の演説が始まった。
「これはやっぱり俺らが正義の味方という証明というか、なんだかそういう運命だとしか思えない。俺らは魔王を倒せる人間だと選ばれたんだから、町を守るためにも逃げていちゃいけない」
聞きながら、僕は一昨年のことを思い出していた。僕と宗太郎と真哉と千衣子と、そして素直が初めて集まった時のこと。夕立の後、橋の下だった。その時の僕らの間に張り詰めていたものは、疑いと警戒心と期待と恐れだったと思う。何しろ同学年なのでお互いの顔はなんとなく見知ってはいたが、それ以上の関係ではない。特に僕は同じクラスになったこともない人ばかりで、誰一人として名前もはっきり分かっていなかった。
そんな居心地の悪い空気の中、真っ先に喋り出したのは宗太郎だった。
「ぼくはここにきてあんまり長くないから、みんなの名前とか顔とかよく分かんないんだけど……なんかうれしいんだ」
彼の顔は言葉を続けるにつれて段々と紅潮していき、最後には首まで赤くなっている始末だ。
「ぼくたちは仲間になれると思う。だってすごいじゃんか、こんなふうに会うなんてさ。きっとこうなるって決まってたんだよ、ぼくがここに来たのもそのせいかもしれない。ううん、きっとそうだよ。きっと神さまとかうちゅう人とかがさ、そうしろって言ってきてるんだ、これ」
僕らは彼の熱弁に顔を見合わせた。そして、その熱意に背中を押されるように段々と仲良くなっていき、二年生の夏休みが終わる頃にはすっかり打ち解けることになった。
もしも宗太郎がいなかったら、僕らは仲間にはならなかったかもしれない。僕らを繋いでいるものは、ちょっとした秘密とちょっとした共感、それに宗太郎の語るむちゃくちゃで強引だけど魅力的なプランだった。
それは今も同じで、宗太郎は輪の中心に立ち、魔王を倒すための作戦指揮をとっている。彼は変わっていない。彼の言葉は力強く、千衣子や真哉は彼を信頼の目で見上げている。
「もう魔王を怖がるのは止めよう! 俺たちには力がある。魔王を倒すために与えられた力だ。魔王と戦おう!」
宗太郎の言う通り、もう逃げてはいられないのだ。期限はあと一週間、迷っている暇はない。倒さなければ殺される。
「町を救おう、俺たちはこの町で唯一魔王を倒せる英雄なんだから!」
庸介を除いた全員が拍手をし、宗太郎の演説は終わる。
僕らは仲間なのだ。みんなで立ち向かえば怖くなんてない。