8月17日(日) 晴
ヨースケさんもきた。どんどんみんなが集まっている。
もしかして前みたいになれるかもしれない。
でもやっぱり前とはなにか違ってしまった気もする。
「全治一ヶ月」
「え、大丈夫!?」
昼過ぎに突然現れるなり庸介はその単語だけを洩らし、僕は驚いて立ち上がった。しかし彼の体にはそんなひどい傷は見あたらない。それどころか頬の腫れは引き、左手の包帯の面
積は小さくなっていた。
「バーカ、俺じゃねえよ」
あざけるような言葉が戻ってきた。僕は庸介の顔を見つめ、彼の瞳がらんらんと輝いていることに気づかされる。
「ついにやってやった。あいつら、信じられねぇって顔してた。バッカだよなあ」
くすくすと庸介は笑う。宗太郎の顔が引きつるのがよく分かった。きっと僕も同じ顔をしていただろう。
「手は?」
「使ったに決まってんだろ! 何が何だか分かってねーだろうなあ、まったく!」
宗太郎の固い声に、もうこらえきれないといった感じで庸介は腹を抱えて笑いはじめる。僕と宗太郎はかける言葉を失い、ただ彼が笑い続けるのを眺めていた。高く引きつったような笑い声はやがて微妙に変化し、しゃくり上げるような音になっていく。庸介は顔を上げようとしなかった。
作戦室は暗いから少し離れた場所ではよく顔が見えなくて良かったのかもしれない。ひとしきり笑い終わると、目じりを拭いて庸介はこちらを見た。
「まあおかげさまで晴れて釈放って訳だ。また何かやらかすつもりなんだろ? 混ぜろよ」
そして有無を言わさず、僕と宗太郎の間に座り込む。彼を再び仲間にするのには文句はないのだが、彼の雰囲気が出会った頃に戻ってしまったようで、僕はその時になってもまともに彼の顔が見れなかった。
「スズさんは?」
「さあね。会ってねーから知らねー」
涼乃が来れば、彼の苛々した空気も少しましになるかもしれないといった希望は、すげなくあしらわれた。
「あ、でもシン公なら見た」
「どこで?」
「ゲーセン」
「駅前の?」
「そう」
僕と宗太郎は顔を見合わせた。外に出てきているなら接触できる。二人して立ち上がりかけると、宗太郎が僕を押しとどめた。
「ヒロキたちはここで待っててくれ。俺がとりあえず様子見てくるから」
一緒に行く、と僕は言いかけ、やはり思い直して仁菜の横に座った。あそこにたむろしている柄の悪い奴らにからまれた場合、足手まといになりかねない。庸介はついていく気はなさそうだった。
「ほっといてやりゃいいのにな、来る気ないんだからさ」
宗太郎の後ろ姿を見送りながら、呆れたように庸介はそう洩らす。それからおもむろに懐に手をやると、手のひら大の箱を取り出した。一本取り出そうとして、僕の視線に気づいたらしい。ばつが悪そうな顔をして、彼は箱を元に戻す。
「あいつ戻ってくるまでちょっと寝るわ」
そして、隅に転がって寝てしまった。気まずくなっての狸寝入りかと思ったが、近づいてみても反応はなく、呼吸も規則正しい。完全に眠り込んでいる様子だ。その時の庸介の顔は妙に険が取れていて気持ち良さそうだった。
僕は仁菜と一緒に膝を抱えて、宗太郎の帰還を待った。坑道の中は静かだ。外の音はここまで届いてこない。ふさがれている出入り口の向こう側でしているのだろうか、時折遠くで水の滴りのような音がするだけだ。ひやりとする冷気が頬を撫でた。
途端、異様な音が僕の体を突き抜けていく。まるで列車がやってくるときのような、低い地鳴り。何かが来る、と反射的に思った。
(気をつけろ、ヒロキ)
そんな言葉をどこかで聞いた。
(死は地面から来る)
まさか、もう出現してしまうのか。全然戦える状態じゃないというのに。庸介を揺すってみたが、いびきがひどくなるばかりでちっとも起きる気配がない。
地面が割れ、黒いもやがそこから湯気のように噴出しはじめた。もやは作戦室の上から充満してきて、吸い込んだらやばいと判断した僕はとっさに地面
に伏せる。手先にされてしまうのは嫌だ。
けれど、それは無駄な抵抗だった。すぐに作戦室いっぱいに黒いもやは溢れ、自分の手の先すら見えなくなる。息を止めたが限界だ。宗太郎や真哉が戻ってきた時に襲いかかる僕の姿が目に浮かんだ。
驚いた宗太郎が僕の名前を呼ぶ。
「ヒロキ!」
「……ソウくん?」
気づくと、宗太郎の心配そうな顔がすぐ近くにあった。僕は上半身を起こし、霞がかったような頭で辺りを見回す。
「うなされてたぞ、平気か」
作戦室は静かで、地面にもひび一つ入っていない。庸介はまだ呑気にぐうぐうと寝こけていた。夢だったのだ。待っている間に僕も寝てしまったらしい。頬に土と小石がくっついていた。
それを払い終わって、僕はようやく宗太郎が一人なことに気づく。
「シンくんは?」
「ああ……いなかった。捕まるまで時々覗いてみるよ」
宗太郎は浮かない顔をしていたが、とりあえず真哉へのとっかかりを掴んだのは確かだった。あと状況が知れないのは涼乃だけである。