7月30日(水) くもり
スズノさんのアイデアで宿題をかたづけてしまおうと集まりました。みんなで助けあうと早くすんで良かったです。
さすがに今日の集まりはとても良かった。僕が本部を訪れた時には、ほとんど全員が顔を揃えていたくらいだ。千衣子などは今日はピアノの予定なのだが、昨日にずらしてもらったらしい。
「全員集まったな。じゃあ始めようか」
「あれ、モトくんは?」
宗太郎の言葉に、僕は問い返す。すると彼は顔を曇らせた。
「昨日電話したんだけどな、まだ熱が下がらないらしいぜ」
「夏風邪はこじらすと怖いわね。気をつけないと」
今日は教師役の涼乃が、赤ペンを片手に眉根を寄せる。僕は素直だけが抜けている風景に落ち着かない気分になり、宗太郎を仰いで提案する。
「お見舞いとか行った方がいいかな」
宗太郎は考え込むように天井を見上げると、ぽつりと言った。
「あいつん家、知ってる?」
そういえば行ったことはなかった。僕らがお互いの家で遊ぶことはまずなかったからだ。素直と同じクラスの真哉をみんなが見ると、彼は慌てて首を横に振る。
「クラス連絡表見れば、住所わかるだろ」
「それ、なくした」
真哉らしい答えだった。連絡網が回ってきたらどうするのだろうか。学校に問い合わせれば住所くらい分かるだろうけれど、それも何となく面
倒だったので、明日も休みだったら改めて考えようということで話がまとまる。
「宿題終わらせてさ、お土産にした方がいーじゃん」
そういう真哉の台詞も一理ある。
とにかく今日は宿題を仕上げるのに専念することにした。
涼乃は結構良い先生だった。きちんと疑問点に答えてくれるし、きびきびと課題辺りの時間を分けて効率を良くしている。
僕らに混じって一人違う宿題をやっていた庸介はあからさまにやる気がなかったが、あわよくば涼乃に正解を教えてもらおうと混じって質問をしていた。たまにつられて涼乃も答えてしまい、その度に隅に追っ払うが彼はまたさりげなく混じっていたりした。さらに性質が悪いことに、涼乃が目を離した隙に、彼女の荷物からこっそり見えない手を使って宿題帳を抜き出していたりもする。これは見つかって即没収を食らったが。
そんなこんなはあったものの、お昼をすぎて夕方が山の端にやってきた頃には、僕らは宿題帳をあらかた片付けていた。
「なんかひとつやりとげたーって感じがするな。さっきまでその辺り飛んでた勉強の神様が手を振ってバイバイしてるよ」
「俺、もう夏休みが終わった気分」
「そりゃまずいだろ」
宗太郎とだらけて床に寝転んだ真哉が笑いながら言い合っている。庸介は途中でどこかへ遊びにいってしまってもう姿はない。僕は使った文房具を揃えて筆箱に蓋をし、千衣子も自分の宿題帳をかばんにしまう。それから彼女は涼乃の側へつつ、と寄っていった。
「スズノさん、妹とかいるんですか?」
「どうして?」
聞き返した涼乃の目がふっと覚めたのに、僕はその時気づいてしまった。千衣子は分かっていないようで、頬を紅潮させて言葉を続けている。
「教えるのうまいから」
付き合いが短い相手なのに千衣子がこんな風に話しかけるのは珍しい。よっぽど憧れているのだろう。それだけに、僕は涼乃が次にどう出るかとはらはらして見守った。しかしそれも心配しすぎだった。
「当たり。妹が一人ね。貴方達より一つ下よ」
涼乃はにこりと笑うと、そう答えたからだ。
「やっぱり。あたしは兄弟いないから、うらやましいです」
「そんないいものじゃないわよ」
涼乃の語調は柔らかかったが、どこか吐き捨てるような部分があるように思えたのも、また僕の勘違いなのだろうか。
「でもスガさんが妹だったらいいかな」
「うわ、本当ですか?」
やっぱり涼乃は笑顔を絶やさなかったし、千衣子は心から嬉しそうだし、僕の考えすぎだろう。そう結論して筆箱をリュックに入れた僕の足に、転がってきた真哉の手が当たった。彼はぶつぶつと文句を言っている。
「残りは自由研究と工作と読書感想文と、あ、あと生活日記かよー。これってめんどくさいんだよなあ、な?」
真哉が僕の方を見て同意を求めてきたけれど、僕は首を横に振る。
「そうでもないけど」
「あー、そういやヒロキって前から日記つけてたっけ」
「うん、学校用にはそれを元にして別の書くけど」
まさか秘密基地とか魔王とか書いたものを先生に提出できる訳がない。
「いいよなー。忘れたところ、何があったか教えてな」
「おいおい、また最後にまとめてやるつもりかよ。毎日書け毎日。そっちのが楽だぞ」
「めんどくさいしー」
宗太郎のたしなめにも真哉は知らぬ顔で床をごろんごろん転がっている。服が埃で汚れるのもお構いなしだ。
「ほら、帰るぞ」
宗太郎は彼を立たせ、本部の戸締りを確認する。僕もそれを手伝って窓の鍵を見て回った。外は沈みかけた太陽から洩れる黄金色の光に溢れていて、僕は眩しくてふと視線を落とす。その時、窓の下に確かに人影を見た気がした。顔や服などはまったく見えず、大きさから大人ではない、と思ったところでそれはふっと木立に姿を消す。何故かどこかで会ったような気がして、僕は窓にはりついて目をこらす。しかし僕の目はその姿をもう捉えられなかった。
「どうした?」
すでにカバンを背負った宗太郎が不思議そうに聞いてくる。僕はなんでもないという仕草をしてみせ、窓から離れた。
鳥かなにかの影の見間違いかもしれないと思いつつ。