8月19日(火) 晴
シンくんに会った。やっぱりゲームセンターは好きじゃない。
真哉の姿を見かけたのは偶然だった。
基地へ向かう最中に、前方の十字路の向こうへ消えていくのを見つけたのだ。僕と仁菜は目で確認し合い、これはチャンスだと彼の後をつけることにする。
彼はまっすぐに商店街へと向かい、ゲームセンターへと消えていった。安っぽいセロハンで作られた飾りがたくさん貼り付けられた曇りガラスの扉の中からは、やかましい音と煙草の匂いが漏れてきていた。僕が入ろうかどうしようか躊躇していると、背中にいくつかの突き刺さるような視線を感じる。このまま立っていてもあまり良いことにはならなさそうだった。
仁菜と共に、僕はゲームセンターの扉をくぐる。来るのは二回目か三回目だろうか。真哉に連れられて入ってみたのは良いけれど、いつもすぐに嫌になって出てしまっていた。入った瞬間数人がこちらに目を向けたが、すぐに興味なさそうに画面
へと視線を戻す。
僕は薄暗い照明の下、先程見た真哉のトレーナーの赤色を探す。
一番奥のブロック崩しの筐体の前に彼はいた。ゲームはやっておらず、椅子を壁際まで引いてコントローラーのところへ足をかけている。
「シンくん、それ良くないよ」
僕が注意すると、彼はじろりと僕の顔を見上げてきた。
「ソウに言われて来たんだろ」
「え、何のこと?」
「とぼけなくてもいいよ」
真哉は足を組みなおして、僕から視線を外す。僕は彼の言うことが本当に分からなかったのだが、彼は信じていないようだ。宗太郎が連絡をしたのだろうか。けれど、昨日一日、宗太郎と僕は一緒にいたし、今の状況だと電話をかけるとも思いにくい。
「一昨日も言ったけどな、俺のことは気にしなくていいから。好きにやってるからさ」
そこでようやく僕にも分かった。宗太郎は一昨日、真哉とここで会っていたのだ。そして僕にはそれを隠した。
「なんで……」
思わずそう口に出してしまう。真哉はそれを自分への問いと勘違いした。
「俺がいても役に立たないだろ」
「え、え、どうして?」
僕も思わぬところから思わぬ返事がきたのであたふたしてしまった。真哉は苛々とした様子で言葉を継ぐ。
「俺、いない方がいいだろ。そっちの方がマシだろ」
「シンくんいないと困るよ、魔王が倒せないよ」
「嘘はいい」
もちろん僕は嘘なんてついてるつもりはない。いったい真哉はどうしてしまったんだろうと、ただ戸惑うばかりだ。
「ソウだっていつもいつも嘘ばっかり言いやがって。本当のこと言やあいいのに、お前は邪魔だって」
いつの間にか真哉は伸ばしていた足をひっこめ、丸椅子の上に縮こまっている。頭を抱えるように、首の後ろで手を組んでいた。僕はかける言葉が見つからない。
「俺がいなけりゃあの通路だって抜けれたかもしれないんだ」
「そんなこと」
「お前だってモトっ……モトナオのことで怒ってんだろ!」
真哉の声はどんどん大きく、高くなっていく。
「シンくん!」
「みんな魔王に殺されちまえばいいんだ!」
その時、僕の背後にぬっと大きな人影が現れ、低い声で話し掛けてきた。
「おい」
明らかに中学生だ。体躯は宗太郎より大きく、当然僕や真哉なんて相手にならない。彼は物騒な雰囲気を醸し出して、僕らに凄んでくる。
「お前ら、うるさいぞ」
騒いでしまったのは確かで、僕は謝ろうとした。しかし、それと同時に発せられた真哉の怒鳴り声がそれをかき消した。
「そっちこそうるせぇ、でかぶつ!」
たちまちゲームセンターの中は殺気だった。客たちが一斉にこっちを向き、真哉は椅子から弾かれたように床に降り立つ。
「ガキ、殺されてぇか」
真哉は中学生の脅しを鼻で笑って流し、僕に話し掛けた。
「ヒロキは帰りな。で、もう来んな」
真哉をここで戦わせてはいけないと思う。それに真哉の言い様に少し腹が立っていたのも事実だ。そして、僕がこの場面
で使える手段といえば一つしかない。
「にぃちゃん、やっちゃえ!」
仁菜の声に後押しされて、僕は指を動かした。ほんの少しだけだったから、当事者以外はその違和感に気づかなかったに違いない。
「お、おい、ヒロキ!」
当然、真哉は僕のせいだということがすぐに分かり、僕に非難の声を投げてくる。一方中学生は、何が起こったのか分からず、言葉にならない疑問の声を上げてじたばたするばかりだ。もっと訳が分からなかったのは見学人たちだろう。まさか彼らが地面
からほんの数センチだけ浮いているとは思うまい。
踏みしめる地面を失い、どうにもならなくなった二人の戦意がたちまち萎んでいくのが分かる。うまく調整が効いて良かった。
僕は力を解除し、勢いあまって尻餅をついた真哉に念を押すように言う。
「シンくん、来てよ、基地に来てよ!」
そして、ゲームセンターを退散した。外に出るとアスファルトの焦げるむっとした匂いが鼻につく。
それでも外の方が空気はおいしかった。
結局その後真哉は基地に姿を見せず、僕は宗太郎にどうして嘘をついたのか問いただせずにこの日は終わった。