夏の魔王

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7月26日(土) 雨

 雨がかなり降ったので今日の集まりはなしになりました。

 お昼前に鳴った電話を取ると、それは珍しく真哉からだった。彼の第一声はこうだった。
「なあ、電話あった?」
「え、誰から?」
 一瞬の呆けたような沈黙の後、彼はまくし立てる。
「モトっちだよ、モトっち。いやなんかさっきくらーい声で電話してきてさ。今日は集まらないの、誰もいないけど、だってさ。いやもうこっちはこんな雨だからさ、なに、お前行ったのって聞き返したんだよ。そしたら黙っちゃうの。いやまさかこんな日に山に登るとは誰も思わないだろ、な?」
「う、うん、そうだね」
「そしたらあいつ、そう、とだけ言って切っちゃった。あいつ行っちゃって、誰もいないからびっくりしたのかなあ。変なとこ真面目だよな、うん」
 僕はなんとなくその光景を想像した。黒い傘を差して、黄色のかっぱを着て、黒い長靴で、素直が一人山道を歩いていく。舗装されていない道は一歩進むごとにずぶりと沈み、泥水が染み出す。不意に傘が激しく音を立てる。梢から水玉が降り落ちてきたのだ。その衝撃でずれた柄を持ち直し、彼はまた進む。やがてぽかりと開いた坑道の入口が見えてくる。懐中電灯のスイッチを入れようとするが、濡れた手では何度か滑ってしまったりする。そして坑道の奥へと進むと、雨の音が次第に小さくなっていく。拍手からノックへ、そして耳鳴りへ。空気は冷たく、水分を含みすぎている。やがてまた雨音が響き始めた。雨はびしゃびしゃと坑道の出口辺りに叩きつけられている。彼はそのぎりぎりに立ち止まり、雨のカーテンをすかしてコンクリ住宅を眺める。人影はない。動くものの気配もない。橋は死んだように垂れ下がっている。彼はしばらくそこに立ちすくむ。
「なあ、俺悪くないよな。こんな日じゃ自然に中止だよな?」
 真哉の声が僕の夢想を中断させた。僕は自分も行っていない負い目もあって頷き返す。
「うん……雨だと山は危ないし」
「連絡とかいらないよな」
「いらないんじゃあないかな」
「そうだよな!」
 真哉はそれで安心したらしい。次はいかに自分が退屈しているかを語り出し、僕をゲームセンターに誘った。僕はあの薄暗い雰囲気と音が好きじゃなかったので、丁重に断る。真哉はソウもいないし、じゃあヨースケはどうかなあなどと言いつつ、通話を打ち切る。
 そして僕はしばし受話器を持ったまま迷っていたが、おもむろに素直の家の電話番号を回した。
 彼は出なかった。

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