夏の魔王

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7月21日(月) 晴

 今日も魔王を倒すために基地に集まりました。
 まずは魔王をさがそうとチイちゃんに占ってもらいましたけど、だめでした。さすがに魔王なだけあってなかなかてごわいです。

「さて、今日の本題だけど、役割分担は昨日終わったから、やっぱり魔王がどこにいるか、が重要かな」
 昨日、庸介が帰った後に、僕らは涼乃とお互いの能力について教えあっていたのだ。彼女が言うには、庸介の能力は素直が指摘した通 りに見えない手が伸ばせるものであり、涼乃自身の能力は物から同じ形の見えない質量 を引き出せるものらしい。試しに、と彼女が懐中電灯から刀を抜くような仕草で引き出したそれは、触ってみると確かに懐中電灯の形をしていたし、布をかぶせると一層良く分かった。
「手品とか、庸介の手を叩く時くらいしか役に立たないんだけど」
 さらに、同時にひとつしか作れず、新しいのを引き出すと古いのは消えてしまうらしい。使い道があまり思いつかない能力ではあった。
 まあそれを言ってしまえば、僕の能力だって浮かせるだけで左右に移動させることはできないし、ゆっくりと下ろすなんていうこともできない。真哉は身体能力が増すのは良いとしても、特に夏の始まりと終わり頃は変化した身体能力に慣れず、振り回されて生傷が絶えなかったりする。宗太郎の空気を固くする能力もまた、僕が浮かせすぎてキャンセルし、落ちてきた物なんかを受け止めるみたいなことにしか使ったことはなかったし、千衣子のそれも諸刃の剣だ。一番役に立つのは素直のかもしれないが、今回みたいに他に仲間を見つける時以外はたいして意味はない。
 改めて考えてみれば、このメンバーでどうやって魔王を倒せばいいのだか困ってしまうのだが、まあそれは魔王がどんな奴か調べてからの話にしようと保留になった。そこで本日の集合である。
「で、どうやって探すんだ。やっぱあれか、町の人に聞き込むんか」
 真哉が踊り出しそうな勢いでまくし立てる。彼が最近とてもやりたがっているゲームに似ているこの状況が嬉しくて嬉しくてたまらない様子だ。もし今ここに魔王が出てきたら、喜々として宣戦布告し、飛びかかっていくだろう。
「そうだな、それもいいけど、まず占ってみるのがいいんじゃないかな。あれだ、あのゲームの最初も予言とかから始まるんだろ」
 今にも基地から町へと走り出しかねない真哉を抑えるように、宗太郎は提案した。
「チイ、出来るか?」
 そして優しい調子で千衣子に尋ね、ペンを差し出した。千衣子はためらったものの頷いて、ペンを握り込む。
「よし、じゃあ魔王はどこにいるのか聞いてみてくれ」
 千衣子が新しいページを広げてペンを置く。僕らは自然に身を乗り出して、彼女の予言を待ち受けた。
 真哉ほど露骨じゃないものの、僕も、そしてたぶん宗太郎もこの展開にわくわくしていたのだ。なにしろおあつらえ向きの敵が向こうから出てきて、まるで漫画やゲームそのものに宣戦布告してきたのだから。そして正義の味方は必ず勝って、町に平和をもたらすのだ。いったいどんな胸躍る展開がこの先待ち構えているのか、期待しない方が嘘だというものだ。
「神様神様、魔王はどこにいるのでしょう」
 千衣子が細い声でお伺いを立てる。いつものようにペンは紙の上を滑りはじめた。
「ま、ち、の、な、か」
 けれど、まともに占えたのはここまでだった。いきなり千衣子の手がぐうんと引っ張られるように前へと滑り、明らかに彼女の意思ではない激しい動き方をしはじめる。それは一昨日のようにあちらこちらに動くことはなく、ずっと三角形を描いて同じところを往復している。
 さがせさがせさがせさがせさがせさがせさがせさがせ……。
 僕は思わず文字を追って読んでしまい、気分が悪くなってしまったが、動きつづけるペン先から目がそらせない。みんなも同じようで、ペンが滑る音だけが辺りには響いている。まるで永遠に続くかと思われたそれは、しかし急に止んだ。
 素直がペンをつかみとっていた。奪う時についてしまったらしい、黒い筋が彼の手首に鮮やかだ。
「スガさん、大丈夫?」
 涼乃は千衣子の肩に手をかけ、スケッチブックから引き剥がす。千衣子の広い額には大粒の汗が幾つも浮き出ている。それを見て反射的に自分の額をぬ ぐった僕の手もまたじっとりと濡れていた。
「ここ、暑いな」
 同じく正気に戻った真哉が、窓を開けて回る。少しばかりの風が吹き込んできたが涼しいとはいえない程度だったし、これから昼にかけてもっと蒸し暑くなってくるのは確実だった。
「暑さ対策するの忘れてたな」
 山の上ということもあって、あまり暑くならないだろうと思っていたのだが、木の上などと違いコンクリの建物の中はやはり結構蒸す。もっとも、今みんなの顔色が悪いのは、暑いせいだけではなかっただろうけれど。
 涼乃が千衣子を窓際へ連れていき、僕や真哉も同じように窓へと寄る。部屋の中央にたまっている、まるで宗太郎の力を使った時のような暑い空気のところにいるよりは少しはましになったが、それでも気持ちいいとは思えないくらいだ。
「とりあえず気分転換にアイスでも食べにいくか」
 僕らの間に流れためげる気持ちを吹き飛ばすように、まだ部屋の真ん中にぼうと立っていた素直の肩を抱きつつ、宗太郎が提案した。
「それがいいわね。みんなで買いにいきましょう」
「サンセーサンセー!」
 すかさず涼乃と真哉が同意する。僕も異議はなかった。何よりもここに居つづけるのは良くない気がした。
「よーし、決まり決まり。モト、ほら、行くぞ」
 宗太郎は素直の肩を叩いてから、まだ足元がおぼつかない千衣子の元へと寄る。
「きつかったら背中乗りな」
 彼がしゃがんで背中を差し出すと、千衣子はしばらくためらった後にそこへおぶさる。僕は逆に素直のところへ行って、まだ放心している様子の彼の袖を引っ張った。
「では、いざ町までしゅっぱーつ!」
 必要以上に陽気な真哉の声が辺りに響く。先頭はもちろん彼で、次に宗太郎と涼乃が続いた。僕と素直はその後についていく。
「クーラーボックス、誰か家にない?」
「たぶんうちにある」
「持ってこれる?」
「たぶん」
「なんていうかあれだな、冷やせる能力持った人間を見つけるのが一番重要なんじゃないだろうか」
「言えてる。モトっちがんばれ」
「いたとしても、冷やせる温度が決められなかったりしそうだけど」
「う、それは困る」
 たわいない会話をしながら、僕らは本部を後にする。床に放置されたスケッチブックが風でぱらぱらとめくれるのが、坑道を曲がる時最後に目についた。
 結局この日は暑い時にどうやって本部を居心地良くするかがメインの話となり、魔王の探し方は話されることはなかった。さっき得た「町の中」という以外の手がかりが特になかったこともあるかもしれない。ただ、これからは千衣子の力を魔王に対して使うのはよそうという意見だけはみんなが一致したので、明日からは、真哉の言った通りに町で聞き込みをすることになりそうだった。

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