夏の魔王

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8月16日(土) くもり

 基地に行ったらソウくんがいた。
 ソウくんもたたかうつもりだ。
 とてもうれしかった。

 部屋に着く少し先から水色の光が見えた時、僕の足は自然と歩みを速めた。消し忘れかもしれない、と期待を戒めてはいたのだが、跳ねる鼓動は気持ちに正直だった。
 そして、そこには人影があった。僕の姿を認めると、宗太郎は軽く手をあげて挨拶をする。
「久しぶり」
 彼は少し疲れた顔をしていたが、それ以外には変わった様子は見当たらなかった。
「平気だった?」
 僕の問いかけにも笑顔で答えてくれる。
「まあまあってとこかな。そういうヒロキはどうだ?」
「うちは……」
「ああ、そうか」
「チイちゃんとこ、心配だね」
「我が教室は生徒を一人失ったってわけさ」
 おどけたように彼は肩をすくめたが、彼の目が笑っていないのに僕は気づいていた。そこで、ずっと気になっていたことを聞いてみる。
「あの、チイちゃんのお母さんが言ってたこと……」
「んー」
 宗太郎は頭をひとつ掻いてからぽつりと洩らした。
「うちの父親さ、会社の金使い込んじゃって。どうにもならなくなって自殺した。それだけなんだけどね」
 そういえば宗太郎は二年生の一学期、それも途中で転校してきたのだ。彼がクラスから浮いたのは、ヨソモノだからだった。
「……遺書は?」
「かなり後になって出てきたよ」
 やっと僕は宗太郎が真哉にあれだけ怒った訳が理解できた。彼にとって素直のことは二度目の経験だったのだ。前の時に彼がどんな取材を受けたのか、想像するに辛いものがある。
 黙りこくってしまった僕を見て、宗太郎はにわかに慌てた。
「あ、そんな話はどうでもいいよな。それよりあれだ、魔王の話が先だ」
 彼はおたおたとズボンの後ろポケットから折りたたんだ紙を取り出してきた。
「実はチイとは連絡とれてるんだ」
 開いてみると、千衣子の文字が一面に書かれている。一番古典的な手紙のやり取りが行われたらしい。
「あいつ白状したよ。記者や親が魔王の手先ってのは嘘だってさ。家からとにかく出たかったんだって」
「そう」
「おかしいと思ってたんだ、あいつが一人で占いやるなんてさ」
 つまり、あの記者は別に魔王のための情報収集をしていたのではない訳だ。僕は宗太郎に記者に問い詰められた顛末を話し返した。宗太郎はまず記者の問いに眉をひそめ、庸介のことが語られるところで口を引き結び、そして僕の返答で顔を緩めた。
「すごいじゃないか、ヒロキ!」
「これで良かったかな」
「完璧と言ってもいいと思うよ。ま、あいつらは納得してないだろうけどさ」
 僕の肩を力づけるように叩くと、宗太郎はあぐらをかいて床に座り込んだ。僕と仁菜も彼の近くに座り、完全に作戦会議モードに入る。
「とにかく、手先ってのがチイの嘘だって分かった以上、記者なんて無視だ。構ったって何一ついいことはない」
 無視、のところに力を込めて、宗太郎の言葉は発せられた。
「でも、魔王は嘘じゃない」
「うん」
 僕は正直なところ、宗太郎がやる気をなくしていないことに心から安心していた。一人で戦わなくていい。頷きながら、自然に笑みがこぼれた。
「夏の終わりに魔王は来る、きっと。それを倒さないとみんな死ぬ」
 相変わらず魔王がどんな奴なのか、どんな能力なのかは少しも分かっていない。それでもやるしかない。
「決戦は夏の終わり……たぶん八月三十一日だ」
 あと二週間が僕らに残された時間だった。

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