夏の魔王

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8月3日(日) 晴

 かぜは治ったはずだけど、今日もモトくんは基地にきませんでした。台風でまた具合が悪くなったのかもしれません。明日もこなかったらまた電話をしようと思います。

 朝起きると台風はすっかり去り、空は抜けるような青に染まっていた。僕は当然のごとく基地へと駆けつける。仁菜も来たがったので今日は一緒だ。山への道すがら、ところどころに古タイヤやガラス片などの普段見かけないものが転がっていた。台風の影響だろう。
 山へ入ると弱い木などはなぎ倒され、道に枝葉が散らばっていて昨日の風のすごさが思い知らされる。これは基地もひどいことになっているかもしれない、と僕の足は急いだ。
 それは他のメンバーも同じだったらしい。途中で真哉に後ろから声をかけられ、入口までたどり着くとそこには涼乃と庸介がいた。
「こいつぁ平気かね?」
 崩れるのを心配したらしく、庸介は上半身だけ坑道につっこんでじろじろと様子を窺っていた。早く入ろうと抜かそうとする真哉を押さえて、彼は先陣を切る。思ったほど中は濡れてもいなかったし、影響もないようだった。採掘作業に支障が出ないように、それなりに考えて掘られていたのだろう。
 けれど僕らの作ったものはそうはいかなかった。坑道と本部を渡す橋はぼろぼろになって、かろうじて本部側にぶら下がっているという有様だった。
「作り直しだな」
 庸介が嘆息する。とりあえず入口の窓も閉めてあったので、僕の力で残骸を浮かび上がらせて足場にした。本部に踏み込むと、思ったほどには被害はないが、やはり元々割れかけていた窓が粉々になっていて、部屋の東側一帯がびしょぬ れになっている。木の葉や枝も散らばっていた。
 その頃には宗太郎と千衣子も顔を見せ、今日一日はとにかく本部を片付けて橋を作り直すこと、と決定がされた。意外に作戦室の防御が固いことも判明したので、大事なものはあちらに移動させることにもする。
 僕と仁菜は庸介と一緒に橋を作る班に割り当てられた。何故かというと、力のせいだ。僕が浮き上がらせて庸介が掴むという組み合わせは、橋を作る木材を運んでくるのにも便利だし、最終的に下で組み上げたそれを窓のところまで持ち上げて調整するのにもちょうどいい。本心を言うと、庸介と組むのは不安なものがあったが、思ったより彼は不満を言わず、そして器用だった。橋を組む時など、僕がやることはほとんどなかったくらいだ。
 結局、日が沈む前に橋は完成し、新しい本部の陣容も整った。僕らは今日の手際にすっかり満足して、家路に着いた。
 ただ一点、素直が今日も来なかったことを除いては、とても気分が良い日だった。

 その日の夜のことだ。僕は習慣の日記を書き終え、それを机の鍵のかかる引出しにしまった。仁菜は疲れたのか、先に眠ってしまっていて、部屋はとても静かだった。
 僕もそろそろ寝ようと電気スタンドを消し、ひとつ欠伸をする。いつもなら最終の電車が通 り過ぎるのを見てから寝るのだが、今日はさすがに僕も疲れた。一応窓の外を覗いてみるが、まだ線路の方には何も見えなかった。
 その時、坂の上から一つの小さな影が駆け降りてくるのを見かけた。たまに家の前を通 っていく、夜中にジョギングしているおじさんだろうか。いつものその人かどうか、僕には判断できなかった。まだ遠かったし、まじまじと見るほどのことでもないと思ったからだし、その人は何度も振り返りつつ走っていたのでまともに正面 から顔が捉えられなかったからだ。ただ街路灯をよぎる時、顔の辺りできらりと何かが光を反射したのが妙に印象に残っている。
 僕は窓を離れ、布団に入った。ここでカタンとポストが鳴る音を聞いた気もするが、本当に聞いたのかどうか、今となってははっきりとしない。なにしろ半分眠っていたし、そんな音が僕の部屋まで届くかは考え直せば疑問だった。とにかくその時の僕は、その音に特に気を惹かれなかったのは間違いない。
 布団のぬくもりに包まれた僕は急速に眠りに引きずり込まれていく。
 そしてまどろむ僕の耳に、踏切の規則正しい、カン、カン、カン、という音が響いては消えていった。

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