夏の魔王

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7月22日(火) 晴時々くもり

 基地へ行ったら、やっぱり町で聞きこみをすることになりました。僕はモトくんとです。どうやって聞けばいいのかちょっと困りました。

 今日も暑くなりそうな日よりだ。僕らはいったん基地に集まった後、逃げるようにそこを後にした。まだ昨日の熱気が残っているような気がしたし、とりあえずあそこでたまっていても事態は発展しないだろうことが目に見えていたからだ。
「目的はふたつ。魔王の場所と、一緒に戦ってくれる仲間だ。両方ともストレートに聞いてもダメだろうから、各自工夫すること」
 宗太郎と真哉、涼乃と千衣子、僕と素直で組んで、町で探る計画となり、宗太郎が僕らにそう指示をする。
「工夫って結局どう聞けばいいんだよ」
「例えば、最近妙なことがなかったかとか、そういう感じでいいんじゃない? 肝試しだと思ってくれて、変に思われないかもしれないし」
「さすがスズさん、そんな感じでお願いします」
 宗太郎は涼乃という突っ込み役がもう一人入ったことで嬉しそうだ。今回のグループ分けも、真哉の抑え役として自分、人見知りする千衣子にははきはきとした涼乃、そして余った素直と僕といった感じなのだろう。確かに一番効率的だ。
 最後に町の南にある鉄道駅に集まることにして、僕らは三方向に散った。
「あーあ、モトっちいいよな。聞かなくても分かっちゃうもんな」
 真哉はそうぼやくと、宗太郎と一緒に東の小学校側へと山を降りていく。僕と素直は魔王の隠れ場所として一番可能性の高い、山中の廃住宅を一回りしてから町へ降りることになっていた。千衣子の力が実質封印された今、頼りになるのは素直の力だ。
「モトくん、行こうか」
 二組の姿が木立の向こうに消えると、僕は素直をうながして歩き出した。彼は最初無言でついてきたが、やがて僕の半歩前に出て進んでいく。
 山の中は鳥や蝉の声でにぎやかだ。こんなところを歩いていると、あの魔王の予言なんて何かの悪い間違いだったとしか思えなくなってくる。去年はみんなでカブトムシを探して、この辺りを走り回ったものだ。見覚えのある木の下で僕は立ち止まる。
「カブトムシいるかな」
 結局僕は捕まえられなかったことを思い出して、素直にそう声をかけてみる。けれど彼は返事をせず、眉間に深くしわを寄せたまま周りを見回し、無心に歩いていってしまう。慌てて僕は小走りになって彼に追いついた。
「モトくん、機嫌悪いみたいだね」
「……いや」
 ようやく返ってきた反応と共に、素直は速めていた足を緩める。そして、僕の方をちらりと見た。
「離れるなよ。何があるか分からないから」
「さっさと歩いていったのはモトくんじゃないか」
 ふざけ半分で言い返した僕の抗議を素直はまた聞き流した。油断なく左右を見て進んでいく彼の様はなんだか妙に滑稽で、僕は少し意地悪心を起こしてしまう。
「ねえ、本当に魔王って見えたの?」
 反応は覿面だった。
「……見えたさ」
 振り向いたりはしなかったものの、すぐに返事が戻ってくる。
「昨日も前と同じで黒い人影だったの?」
「昨日はチイコの周りに黒いもやもやがあったぐらいで、人の形はしてなかった」
「もし魔王が建物の奥に隠れているとしても、見つけることができると思う?」
「雰囲気が異様だから、たぶん」
「異様ってどんな感じ?」
「お腹の奥が落ち着かない」
「へー」
 久しぶりに素直がたくさん喋ってくれたので、僕は嬉しくなった。あの予言以来、どうもみんなの調子が狂ってしまった感じがして、せっかくの夏休みなのに、という気分があったからだ。宗太郎はむちゃくちゃなことを言うべきだし、真哉はむちゃくちゃなことをやるべきだし、素直はそんな二人を馬鹿にするべきなのだ。それが正しいバランスで、今のどこかぴりぴりした空気はおかしかった。
 魔王と戦うのはいいとしても、きっとこんなじゃ勝てないとも思う。テレビに出てくる正義の味方はもっと堂々と立ち向かっているはずだ。
「でも魔王なんて怖くないよね。だって悪役だもん。最後はシンくん辺りがかっこよく殴り倒しておわりーって」
 不意に素直が立ち止まったので、僕は振り回した腕を彼に当てそうになって焦ってしまった。もしや魔王を発見したのかと、素直の肩越しに彼の視線の先を見つめるが、そこは変哲のない茂みがあるだけで、どう見ても魔王はいそうになかった。しかし、素直があまりに長い間動かなかったので、僕は恐る恐る彼に尋ねてみる。
「どうしたの……?」
 すると前を向いたままでぽつりと素直は洩らす。
「……怖いよ。あれは違う。僕たちとは違う」
 素直はいつも斜めに構えているところがあった。去年の肝試しの時も、僕と彼はコンビを組んで墓を歩かされたのだが、宗太郎が仕込んでおいた仕掛けをいちいち説明してくれたものだ。僕の知っている素直は絶対に怖いなんて言わない。
 思えば、僕は初めてこの時考えたのだ。魔王とはなんだろうと。どうして僕らはそれに殺されるのだろうと。
 考えるうちに僕は泣きそうな顔になっていたらしい。ふっとこちらに目をやった素直の表情が、急に慌てたように歪んだ。そして一気にまくしたててくる。
「いや、ごめん、ちょっと大げさに言った。ヒロキがそんなに怖がるとは思わなかったんだ。そんな心配することじゃないよ。やっぱり盛り上げなくちゃいけないかなってそう思ったんだ。だってせっかくの悪との戦いなんだから。平気平気、すぐにこんなの終わるって」
 しかし僕はとっさに返事ができなかった。今、下手に口を開くと涙がこぼれてしまいそうだったからだ。一層素直は慌て、さっきまでの関係が完全に逆転する。
「ここにはいないな。いないよ。さ、町に降りよう。待ち合わせ時間に遅れるとソウタロウがうるさいからな」
 困ってしまったらしい彼は、僕の手を強引に引くと、山を下る道を歩き出した。僕は鼻をすすり上げつつ、彼に引かれていく。やがて町が目前に迫ってきた時になって、また素直は立ち止まって僕の方へ振り返った。
「やっぱり聞き込みなんて止めようか。つまんないだろ。それよりどこか遊びにいく? どこか行きたいところある?」
 その問いかけは突然だったので、僕は思わずこう答えてしまった。
「海」
 もちろんそれが素直をよけいに困らす発言だったことは間違いがない。固まってしまった彼を見て、今度は僕が撤回する側に回った。
「お返しの冗談だよ。ほら、ソウくんたちのところ、行こう」
 そして促すと、素直は微妙な笑みを浮かべて、また先導して歩き出す。夏の太陽に照らし出されたアスファルトに、遠く高いところを流れる雲の影がたまに横切り、僕らを追い越していった。

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