夏の魔王

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8月28日(木) くもりときどき雨

 会議、会議、何の意味ももうない。
 ぼくたちはばらばらだ。

 辺りは暗く、空気は重かった。昨日の午後から降り始めた雨は、夜半すぎに激しく屋根を叩いていたが、今は一時的に上がっているようだった。空はこの朽ちかけている廃団地と同じ色だ。
 僕と仁菜は山を登っていた。片手に持った傘が邪魔で、靴にまとわりつく泥が厄介だった。何だか初めてここに足を踏み入れた時と良く似ている、と僕は思う。あの時よりはるかに地面 はぬかるみ、空は一向に晴れる気配を見せないけれど。
 基地には既に全員がいて、入ってきた僕を見やった。その視線のどれもに僕は悪意を感じない。それが無性に辛い。
「よし、全員そろったから始めよう」
 宗太郎が音頭を取る、前と何も変わらないように。
 真哉が自分がいかに強くなったかを主張し、庸介がそれをくさし、涼乃が真哉をなぐさめた。千衣子は新しいスケッチブックを手に、前のスケッチブックいっぱいに語られた予言のことには一言も触れない。
 僕らは能力を考慮して、フォーメーションを決めていく。魔王が殴りかかってきたらどう対処すれば良いか。光線などを出してきたらどうやって避けるか。もし誰かが捕まったらどうやって助けるか。何ひとつ魔王のことは分かっていないのに色々なことを決めていく。会議はなごやかに進む。
 外から見れば、きっと最初の作戦会議の時と同じように見えるだろう。でもあの時とはまったく違う。
(その作戦は本当の作戦なの、ソウくん)
 僕はその言葉をずっと呑み込んでいる。そしてその答えを分かっている。嘘だ。僕が宗太郎を疑っているように、宗太郎も僕を疑っているだろう。そして宗太郎の言葉通 り、真哉と庸介が危ないとしたら。
 誰もが魔王に影響されている、それだけのことだ。
 僕は誰もが嫌いではないが、誰もを信じることができない。魔王が僕らを変えてしまった。それとも、ずっと僕らはこうだったのかもしれない。
 あと四日。時間はない。僕は言葉を呑み込み続ける。そうすれば少なくともこの集まりは壊れはしない。作戦は積み重なり、決戦の準備は整えられる。
 仁菜が僕の膝に乗せた手をぎゅっと包むように握っている。僕の怯えは全部仁菜にも伝わっているのだろう。
 どちらにしたって僕らはもう選べない。勝ち目がなかろうと、逃げられないのなら戦うしかないのだから。

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