夏の魔王

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7月25日(金) 晴れのちくもり

 今日は特に何もない一日でした。

 今日はプール登校日なので、本部には誰もいないはずだ。僕は仁菜の手を引いて、川べりを歩いていた。
「にぃちゃん、プールいかないの?」
 仁菜の問いに、僕は首を横に振る。
「行かないよ」
 そして小石が敷き詰められた河原をざくざくと歩く。たまに蹴られた石から小さな虫が這い出てきて、慌てて逃げていった。
「ニナは泳ぎたいよ」
 川のゆるやかな流れを見ながら、仁菜はぽつんと言った。僕はそれに答えない。ただ下流へと仁菜の手を引いて歩いていく。
「あ、きれいな石があるよ」
「雲母かな」
 仁菜が拾った黒い石は陽光にきらきらと反射する。さすがに元々鉱山があったところだけあって、こういう拾い物は多い。僕の部屋にもめぼしいものが箱に入れて転がしてあった。
「はこに入れようっと」
 仁菜もそう言ってポケットにしまう。それからも彼女はずっと僕に語りかけ、僕は言葉少なく返事しつつ散歩が続く。
「あのね、ニナに手紙あったのよ。おとうさんからよ」
「そう」
「うみのにおいしたの」
「そう」
「でもおかあさんがすてちゃったの」
「……そう」
「ゴミばこでびりびりになってたの」
「うん」
「おとうさんかえってこないね」
「お仕事があるからね」
 朝方からかかっていた薄い雲が、昼を過ぎるとだんだん厚く垂れこめてきた。辺りは黄色の光に満たされる。一時間もすれば雨が来そうだ。秘密基地のある北の山の方の雲は黒い。
 図書館にでも行こうか、と仁菜に声をかけようとした時、彼女が大きな声を上げた。
「モトくんだ」
 仁菜の指す方向を見ると、確かに素直の姿があった。彼もプールをさぼったらしい。向こうはこちらに気づいていない様子で、橋へ向かう道をひとり歩いている。僕は声をかけようかどうしようか迷ったが、結構距離があって届くかどうか分からなかったので諦めることにした。
 何となく気になって見ていると、彼は町の方を振り返り振り返り橋の真ん中まで進み、立ち止まった。そして橋の手すりに手をかけ、川を覗き込んでいる。
「おさかないるのかな」
「そうかもね」
 ここからでは彼の表情などはまったく見えない。やはり歩いていって、声をかけようかと迷いはじめた時分に、ようやく彼は橋を離れて町へと戻っていった。
「おさかないなかったのね」
 仁菜は僕の顔を見上げて、笑った。
 そして僕も彼女の手を引いて河原を離れ、いつもの駄菓子屋に入る。みよし屋という通 称で親しまれているそこは、おばあさんが一人で切り盛りしていた。この辺りの小学生のたまり場だ。ただ、今日はプール登校日のせいか、低学年の子供が数人しかいなかった。
「いらっしゃい」
 おばあさんは赤いかすりのエプロンをつけて店先に佇んでいる。
「今日も氷かね?」
 僕は頷き、仁菜に選ばせる。彼女はやっぱり鮮やかな色の棒アイスをとった。
「ありがとね」
 おばあさんの声を背に僕は仁菜と歩いていく。たぶん彼女はそのうちアイスを取り落とすだろう。

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