夏の魔王

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8月11日(月) 晴

 とても暑い日だった。
 トンネルの中もむし風呂みたいで最悪の状きょうだ。それでも魔王から逃げるためにぼくらは行かなくてはいけなかった。

 起きた時に参ったのは、手足にやたら赤い斑点が出来ていたことだった。もちろんそれは蚊に食われた跡ですこぶる痒い。昨日の夜は雨のせいかほとんど出てこなかったため、油断していた。
「うあー、もう!」
 真哉が掻きまくる気持ちも分からないでもない。
「ひっかくとひどくなるぞー」
 注意する宗太郎もうわの空だ。痒いんだろう。
 この日は初めからこんな感じで、あまり先行きが良くなさそうではあった。それでも出発を取りやめる訳にはいかない。僕らは荷物をそれぞれ持って、宗太郎と真哉の先導で本部を離れた。まだ大人たちの影は辺りには見当たらなかった。
「念のため、茂みの多いところから行こう」
 それはつまり蚊が多いところなので、僕らはげんなりしたが仕方ない。下手に喋ることもできなく、湿っぽい移動になる。僕は仁菜の手を引いて一番最後を歩いた。まだ太陽も山の端から少し顔を出したくらいだというのに、辺りはむしむしとした暑さに覆われている。
 そして三十分程度歩き、そろそろ真哉辺りが喋りたくて爆発するのではないかと危惧された頃に、僕らはそこにたどりついた。
 そこはほとんど崩れているといってもいい穴だった。半分以上が上から落下してきたらしい岩で埋まり、かろうじて一人くぐれる程度の隙間があるだけだ。
「本当にここ?」
 涼乃がそう問うたのも無理はないだろう。宗太郎と真哉はよくこんなところを見つけたものだ。
「場所的にここしかなかったし、ほらあれ」
 宗太郎が指さした先で、真哉が腐りかけた木の看板を掲げている。古いうえに達筆で読みにくいが、確かに隣町の名前らしきものが書いてあった。それに加えて昔使用されていたらしい、登山道のような跡がふもとへと伸びていた。
「結構、中は続いてそうだったぜ」
 二人は昨日、十分ほど進んでみたらしい。方向的にも間違ってない様子だそうだ。
 とにかく行くしかない。いまさら本部にも町にも帰れない。宗太郎と真哉を今まで通 り先頭に、涼乃と庸介をしんがりに置いて、僕らは進み始めた。真ん中の千衣子と僕、仁菜の手には懐中電灯はない。
 トンネルの中は静かだった。時折遠くから滴のしたたる音が響いてくる。さっきまでのようにまったく喋らない必要はなかったが、どうしても僕らの声は小さくなった。
「一本道かしら」
 囁き声でも後尾から先頭まで通ってしまう。幅や高さは作戦室のある坑道より充分に広く余裕があったが、向こうよりも息苦しく感じるのはそのせいだろうか。
「元々通路だから迷わないようになってると思うけどなあ」
「ばあちゃん、まっすぐ行ったって言ってたぜ」
「とにかくもし分かれたらその時考えよう」
 どれぐらい歩いただろうか。外の光は一切入ってこないし、時計も持っていない。誰かがぼそぼそと喋り始めては、その会話も次第に立ち消えていく。山一つ越えるのだから一日仕事だとは思っていたが、経過がわからないのは辛い。とりあえずまだ道が一本で、たまに足元の石につまづきそうになるぐらいしか障害がないのが救いだった。
「なんか妙だな」
 先程から、庸介がしきりにそう呟いているのが気になる。彼は涼乃に突っ込まれても、具体的に何が妙なのかは口にしなかった。彼自身も分かっていないのかもしれない。
 トンネルは続く。
 足音だけが天井に吸い込まれていく。もう小一時間ほどは歩いただろうか。不思議とあまり足が疲れたという感覚はない。ただ、風ひとつない坑道の中は歩く度に蒸し暑い空気が体にまとわりついてきて、それが体力を奪っていく。たぶん外はひどい暑さだろう。昼に近づくにつれて、地面 が暖まっている影響だろうか。僕は段々気持ち悪くなってきていた。
「そろそろ休もうか」
 みんなのそういった雰囲気を感じ取ったのだろう、宗太郎がそう言った時だ。庸介が自分の懐中電灯を横の壁に向け、しばらく立ち止まる。前を行く宗太郎たちもその気配に気づいて歩みを止めた。庸介はやがて口を開く。
「このトンネル、歪んでないか?」
 その次に起こったことは、まるで誰かが僕らの会話を聞いていたのではないかと思えるほどのタイミングだった。
「黒いもや……」
 前を向いたままだった真哉がいきなりそう呟いて、がくりと前に足を折った。宗太郎が慌てて向けた光で見えた彼の顔は真っ青だ。次の瞬間、彼は空を飛び、僕の横をすり抜けていった。
「やばい、出るぞ!」
 庸介が見えない手で抱き寄せたのだ。そして彼は普通の手で真哉を抱えなおし、一目散に来た方へと走り出した。涼乃が続き、宗太郎が千衣子の手を引いて同じく駆け出す。僕も仁菜と一緒に彼らの後をついていった。走ると気分の悪さが一層増して、お腹の奥がむかむかする。
 もう走るのが限界だと感じはじめた頃、宗太郎が声を上げた。
「ちょっと待ってくれ、チイがそろそろダメだ」
 それで庸介も足を止める。途端に千衣子が地面に座り込み、僕もふらふらと彼女の横に行ってへたり込んだ。
「ここまで来れば平気か?」
 庸介は真哉を下ろし、上半身を壁にもたれかけさせる。一人抱えて走っただけあって、彼は汗まみれで消耗しているようだった。
「ガス?」
「たぶんな」
 涼乃が自分の荷物から缶ジュースを取り出し、真哉の口に当てて流し込んだ。真哉は汗がひどかったものの、顔色は大分良くなってきている。きちんとジュースに合わせて喉も上下しているので、しばらくすれば意識を取り戻すだろう。
「今は感覚が鋭くなってるから、一番影響受けやすかったんだ。ある程度調節できるらしいけど、こんな時じゃ緊張してただろうしなあ」
 逆にいえば、真哉のおかげで僕らは難を逃れたことになる。気持ち悪くなってきたのは、気分のせいだけじゃなかったのだ。
「そういえば、歪んでるって……?」
 息が整った僕は、さっきから気になっていたことを庸介に聞いてみた。
「ああ、木枠あるだろ、あれが途中から変な感じにたわんでたんだ」
「立ち止まった時、壁にひびが入ってるように見えたわ」
 涼乃の相槌に、庸介も頷く。
「それにこの中、風がないだろ。たぶん出口が閉ざされてるような気がする」
 千衣子の予言は入れるけれど出れない、ということを意味していたのだろうか。もっと詳しく聞いておけば良かったのかもしれない。
「とにかく、ここをそのまま行くのは危険だ。あきらめるしかないと思う」
 宗太郎のまとめはもっともだ。意識を取り戻した真哉を含め、誰も反対する者はいなかった。全員がそれなりに体力を取り戻すのを待って、入ってきた方へ向かって歩き出す。疲れと気落ちのせいか、帰りもまた言葉少なな進行になった。
「……魔王の罠だ」
 その中で真哉がぽつりと呟く。
「俺、またやっちゃったんだ」
「お前ね、まだそんなこと言ってんのかよ。魔王とやらがいるなら、俺たちが出て行けば万々歳になるんじゃねーのか」
「奴は俺らを始末したいんだよ」
「で、町の奴らは操られてるって? じゃあなんで全員で襲ってこないんだっての」
 庸介は鼻を鳴らしながらそう述べ立てて真哉の言い分を押さえ込み、真哉はついに黙ってしまった。
 やがて見えてきた光は夏特有の眩しさはなく、柔らかな橙のものであった。外はもう日が暮れてしまうらしい。穴から吹き込んでくる風は熱を持っていたが、それでも心地よかった。
 先に宗太郎や庸介が這い出て、一人ずつ隙間から外へと引っぱり出してくれる。
 最後に僕が体を半分隙間から出した時だ。僕は遠くから来るその人物とはたと目を合わせてしまった。目を丸くする上下のメッシュスウェットを着込んだ中年の男性。僕の表情を見て、先に出ていたみんなも一斉にそちらへ振り向いた。
 沈黙が落ちる。
「基地に!」
 宗太郎は一瞬で決断して、僕を一気に引っ張り出しながらそう叫んだ。反転してトンネルへ戻るという手もあったが、それは自殺行為になりかねなかった。宗太郎はいつものようにより安全な方を選んだ。
「見つけたぞー!」
 僕らはその声を背にひたすら走った。茂みを飛び越え、木々の隙間を縫う。長ズボンをはいていて助かった。半ズボンの真哉は蚊に続いて幾つも擦り傷を負っているようだ。今日の彼は災難続きだ。
「走ってばっかだよ」
 千衣子のぼやく声が隣から聞こえてきた。それでもトンネルの中よりは景色の変化がある分まだましだった。
 大人たちの声や気配はどんどん大きくなっていたものの、僕らは追いつかれずに基地入口の坑道へ飛び込むことが出来た。たぶん入るところも見られていないはずだと、飛び込んだ後に辺りの様子を窺った庸介が言った。だが、見つかるのは時間の問題だろう。
「本部の方が逃げやすい。本部へ行こう」
 ここでは大人たちの動きを見ることもできないし、寝るのに使うタオルケットなどはすべて本部に残してあった。
 結局僕らは本部に帰ってくることになってしまった訳だ。
 こっそりと橋を渡って本部へ忍び込み、半分顔を出して窓から様子を窺うと、あちらこちらから大人たちが集まってくる様子が見て取れる。中には制服姿の警官も見受けられた。やはり結構大事になっているらしい。夜の闇が辺りを覆いつつあり、周り中でライトの光が飛び交い始めていた。
「ここ、見つかるかな」
「見つかるだろうな」
 宗太郎に僕も同意見だ。大人たちは真っ先に廃住宅を疑うだろうし、いくら一番上だといってもしらみつぶしに当たっていけば時間の問題だ。追っ手を逃れるとするならば、まだ包囲が甘いだろう今のうちに見つからないよう脱出するしかなかった。
「俺、向こう見てくる!」
 止める暇もなく、真哉が窓から飛び出していった。まあ能力的には彼が一番適任ではある。彼の動きなら人間と思われないだろう。しかし、すぐに彼はすごい勢いで本部へと飛び込み戻ってきた。
「ダメだ、入口の辺りもうろうろしてる!」
「入口は見つかったのか?」
「見つかってはいないと思うけど、あそこから逃げるのはちょっと難しい」
 となると、窓から直接に降りるか、この住宅の中を通っていくかだが、それもまた無理な話だった。さすがにここで動けば一発でばれる。
 この時点でもう誰もが分かっていたのだ。覚悟を決めるしかないと。
 宗太郎がすっくと立ち上がった。そして本部に残っていた棚や机などのがらくたを、通 常なら唯一の出入り口である両開きの鉄扉の前に積み始めた。彼の目的を察した僕らはそれを手伝い出す。時間稼ぎになるかどうかも怪しかったが、やらずにはいられなかった。
「まあお前らがんばれ」
 ただ一人、庸介だけが余裕の態で壁にもたれかかって休んでいる。
 やがて一筋の光が僕らに投げかけられた。それをきっかけに何本もの光がこちらを照らし出す。完全に見つかったようだ。窓の下は段々と人の声で溢れ始めていた。
「橋の、橋のロープ切って!」
 今考えると、何故とっさにそんな判断が出来たか分からない。僕は座り込んでいた庸介に工作用のカッターナイフを押しつけてそう命令していた。
「お、おう」
 僕の勢いに押されたらしい庸介は慌てて窓のところへ寄っていって、しっかりときつく結びつけられているロープを両方切断した。橋が坑道側の壁にぶつかっていかずに渡ったままだったのは、僕の力だ。今は音を立てて気づかれる訳にはいかない。
「向こう側も!」
「おい、落ちるだろ」
「いいから!」
 僕は庸介に有無を言わせなかった。不可解な顔をしつつも、彼は見えない手を伸ばして切断してくれる。橋は一つも支えがない状態で浮くことになった。
 そこで僕は思い切り腕を上へと振り上げた。
「飛んでけ、早く!」
 力は発現した。八月の始めに組み上げた橋はすごい勢いで空へと発射され、みるみるうちに小さくなっていく。空は暗い。それに下にいる人たちには木に遮られて見えないだろう。僕は彼らに見つからないところへその橋を追いやらなくてはいけなかった。下ではだめだ。では上しかない。僕の力では横移動させて隠すことも出来ない。橋の上には空しかない。すぐに見えないところまで浮かびあがらせるしかないのだ。きっと飛行機が飛ぶところぐらいまで行けば大丈夫だろうと僕は考えていた。
 この暗闇の中では僕も本当にうまく飛んでいったのかは分からなかった。僕の力は細かい調節が効かず、力が働いているかどうかさえ実際に目で確かめてみないと分からない代物だったからだ。でもなんとなく成功したような気がした。少なくとも橋はもうかかっていないし、今を乗り切れればそれでいい。
「これで作戦室は見つからないかも」
 まだ何をしたのか分かっていない庸介に、僕は説明した。それでようやく彼は納得した顔になる。
「そうか。あいつらが突入しにくくなるな」
「それに必要なものってみんなあっちに移動させたし」
「よし、よくやった!」
 庸介は僕を力づけるように背中を叩き、まだ窓枠にロープの結び目が残っていることに気づいて、それを外しにかかった。それが終わって窓を閉めてしまえばたぶん坑道は見つからない。
 しかし、結び目を一つ外したところで庸介は急に呻き、脇腹のところを押さえてまた床に座り込んだ。
「ちょっとすまんな」
 それでやっと僕は庸介が怪我をしていたことを思い出した。それなのに真哉を抱えて走ったりしたのだ。辛いに決まっている。さっきだって好きでさぼっていた訳じゃない。
「ごめん!」
 僕は謝り、彼の代わりにロープをほどいて窓を閉めた。庸介は気にするなというようにひらひらと手を振った。
 ちょうどその時、扉の向こうから複数の足音が響いてくる。やっと大人たちはそこまでたどりついたらしい。僕らもまた積むものをなくし、何もすることがなくなっていた。
「開けなさい!」
 入口の扉ががんがんと叩かれた。その度に、前に積まれたがらくたがぐらぐらと揺れる。
「こっちからも開かないっての」
 庸介がおどけたように言ったが、みんなは真剣に扉を見つめて黙っていた。こんなバリケードがいつまで保つだろう。扉が開いた時がこの逃避行の終わりだ。
「戦おうぜ、ソウ!」
 真哉がいきり立ってそう叫んだ。それに対して宗太郎は窓の下に目線を走らせ、静かに首を横に振る。
「無理だ。人数が違いすぎる」
 建物の下に十数人が、扉の向こうは見えないが声からして少なくとも五、六人はいるだろう。真哉の気持ちは分からなくはないが、正面 から戦って勝てる状況ではない。
「じゃあこのまま捕まって、殺されるつもりかよ、それでいいのかよ!」
「落ち着けシンヤ、今は一旦戻ろうって言ってるだけだ。予言からしてもすぐ殺されるとは思えない」
「ソウはいつ戦うんだよ!」
 真哉は一際高く吼えた。途端、それに合わせるかのように、バリケードが大きく揺れてこちら側へと倒れこんでくる。ついに扉が突破されたのだ。
「放せ、ソウ、放せ!」
 飛び出そうとした真哉を宗太郎が押さえつけているのが、もうもうと舞い上がる埃の中に見えた。
 これが僕らの逃避行の顛末だった。

 そして僕らは雪崩れ込んできた大人たちに捕まり、町の交番に連れて行かれた。
「千衣子、千衣子、可哀想に!」
 扉が開いた途端に泣き叫びながら千衣子に突進してきたのは彼女の母親で、いまだ半泣きで激昂している。父親はそこまで取り乱してはいないものの、顔いっぱいに怒りの色を浮かべていた。
「千衣子のピアノは止めさせてもらいますからね。やっぱり余所者の、それも犯罪者と結婚した人なんて信用ならないことに早く気づくべきだった」
「どう責任を取られるつもり!」
 彼らの矛先は、宗太郎の母親に向けられていた。彼女は青い顔をしてずっと下を向いたまま黙っている。紫色のタイトスカートを握りしめた手が細かく震えていた。
「お前の管理が悪いからだろう!」
「なんですって、またあたしに押しつけて、あんたは悪くないって言いたい訳!」
「何だと、人聞きの悪い……!」
 真哉の両親は怒鳴り合い、責任をなすりつけあっていた。真哉は彼らに何か言おうとして言い出せず、その間で足踏みをしている。
 警官に向かって、ひたすら謝っているのは庸介の父と兄だ。二人は服の上からでもよく分かるがっちりとした体格の持ち主で、顔立ちはよく似通 っている。
「私の教育が未熟なものでご迷惑をおかけして本当に申し訳ない。改めて厳重に叱っておきますのでご容赦を」
 彼らの物腰はあくまで穏やかだ。だが、庸介は彼らと目を合わせようとはしなかった。
「あんたはお姉ちゃんだってのに恥ずかしくないの!」
 涼乃は母親に頬をはたかれていた。涼乃は首を垂れ、反論もしなかったが、その唇は固く噛みしめられていた。
 そして僕は一人、交番の隅にいる。ここにいるのが嫌だった。騒がしくて嫌な感情が渦巻いている。僕は交番を出ていくことにした。
「あ、ちょっと君、保護者の人は……」
 若い警官が僕を引き止めた。僕は立ち止まり、彼に答える。
「母は忙しいんです。来ないと思います」
「そうはいっても……」
「大丈夫です、自分で帰れます。心配しなくてもちゃんと戻りますから」
 僕がそう言うと、その若い警官はにわかに慌てた様子を見せた。
「いや、小さな子供だけで帰す訳には……今、お母さんにもう一度連絡とるから」
「来ないと思います。平気です」
 もう一度繰り返し、僕は仁菜の手をとり強引に交番を出る。
 空では少し太った三日月が沈みかかり、たくさんの星が瞬いていた。仁菜が小さくきらきら星を歌っている。
 警官は追ってこなかった。僕よりは交番の中のあの騒ぎを納めるのが先だと判断したのだろう。踏みしめるアスファルトからは昼間の熱気がまだ立ち昇ってきているようで、足の裏が熱く感じる。
 これからどうなるんだろう。
 今までのようにみんなで集まることができないのは間違いない。そして魔王は僕らを見つけた。
 僕は無言で歩き続ける。仁菜の小さな歌声が僕を追ってくる。家までの歩き慣れた道はすぐに終わる。僕の家の前は坂が通 っている。そしてその突き当たりには踏切。素直の最期の場所。
 とっくに列車の運行が終わった時刻である今は静まり返っていて、遮断機はぴくりとも動かなかった。

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